邂逅罪垢火焔演舞 13(完)
火車が残った右腕の車輪を振う。
炎は刃となり澪を襲う。
澪はニヤリと笑って、その炎を唐竹に斬る。
「この刀何だろうね。
やっと慣れたけど、造りが違う。」
「物の怪の炎を斬れる。
並の刀では無いな。」
「だったら、物の怪も斬れる。」
「あり得るな。
俺が囮になる。」
「旦那。」
「後は任せた。」
宗矩が駆ける。
大きく弧を描き火車の注意を惹きつけながら、斬りつける隙を窺う。
火車はそれを目で追うが笑った様に見える。
「あらまあ、旦那。
こっちも動きますかね。」
澪は真っ直ぐ火車に向かって歩を進める。
火車は炎を斬った澪を危険視してるのだろう。
今度は身体ごと澪に向ける。
そこに宗矩が滑り込み刀を薙ぐ。
火車は右の車輪でその剣を弾く。
その時、澪には背を向ける形となった。
直ぐに斜め後ろに視線を投げるが、そこに澪の姿は無かった。
宗矩はその刹那に脇差しを抜き火車の目を突きにいく。
首を捻り躱した火車の左顔の炎が削ぎ取られる。
「ぎゃあぁあーーーーーー!」
火車が吠えた時、その開いた口を刃が貫き
顔ごと土に突き刺さしていた。
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澪はありったけの力を込めて宙に跳んでいた。
そして火車の頭を縦に刺し貫いたのだ。
「ぐあぁーぐわぁーーーーーー!」
火車の声にならない息だけの叫びを上げもがいてる。
「あらまあ、まだ仕留められない。」
「澪、刀は抜けるか。」
「勿論!」
澪が火車の身体に足を掛け、頭ごと地に刺す刀を引き抜く。
宗矩と澪は間合いを取る。
火車はもがいているが起き上がれはしない。
が、ブルブルと身体を震わせる。
やがて右腕の車輪を地に立てた。
その車輪が何と回り出す。
車輪に引きづられて火車の身体が進んでくる。
二刀を携えた宗矩が澪の前に出ようとするが、当の澪がそれを止めた。
「執念か、、物の怪なれど見事。
なれば私が引導を渡す。」
火車の身体が一際燃える。
それは消えゆく前の最後の一盛りか。
真っ直ぐに放たれる炎の矢と化した火車を
澪は重い刀を下段に構え、火車をジッと見据える。
「あの刀を下から振り上げる気か。」
女の腕には遥かに重い一刀。
宗矩も少し躊躇いを感じた。
どの道、気を抜くつもりは無い。
いざとなれば。
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火車が迫る。
澪は膝を曲げ、腰を落とす。
「来た!」
宗矩がそう感じた時には全てが終わっていた。
澪は刀を支え受け止め、見事に下から振り抜いた。
火車の身体は突き進む勢いのままに真っ二つになっていた。
が、その勢いにひとつだけ誤算があった。
斬り裂かれうねった車輪の片側が大きく天に登っていったのである。
その片割れは林を超え町の方へと飛んでく。
「しまった!しくじったか!」
澪は天に流れる車輪を目で追い、悔しげに言ちた。
「旦那、炎が町へ。」
澪が慌てて振り向いた時、宗矩は火車を見ていた。
痙攣の様な動きが止まり、その身体が蛍の光に分かれ消え初めている。
「まさしく、魔を斬ったな。」
顔を上げた宗矩に澪が詰め寄る。
「でも、火が町に!」
珍しく取り乱す澪の肩を宗矩が抱く。
「澪、町には誰がいる?」
「えっ、、」
「あの男がいるだろう。
俺はあいつが、この急な春の宵に惰眠を貪るとは思
えんがな。」
「あ、あぁ、、確かに。
今頃、美代に尻を叩かれてる頃かも。」
宗矩と澪はゆったりと笑い合った。
そうこうしている内に、けたたましい金物がぶつかり合う音が聞こえ始めた。
「あれは鉄斎が作った纏。」
「纏、、ですか?」
「勇也が頼んで作らせた旗印だ。
あいつは火事を消すと言っていた。
言った事はやる奴だ。」
やがてそこに幾人もの声が薄っすら混じった。
「あらまあ、随分と買い被ってますねぇ。」
「そう言うお前もだろう。
買い被ってなけりゃあ、とっくに走り出している
と思うがな。」
宗矩がまた笑った。
この男がこんなに笑顔を見せるのも珍しい。
物の怪は手強くなったが、無事乗り切れた。
その安堵からか。
「だからね、旦那。
お前は不粋ですよ。
夜は長いんですからね。」
「確かに。
だが澪、まずは町を見には行かねばな。」
「あいよ、旦那。」
澪もまた妖艶に笑う。
大きな戦は終わったはずだ。
戦うという事の意味も変わるはず。
ならば武士は何をもって戦うのか?
宗矩の笑顔は、そんな胸のしこりを溶かす
キッカケを掴み始めたからかもしれない。
まほろば流麗譚 第四話
邂逅罪垢火焔演舞 完