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剣 7

さてもさてさて

時代の流れに逆らうが如く、自分だって人を斬れると意気込んでみせた大沢美好。いやそれとて言い訳に過ぎません。己が不憫はこの立派に斬れる腕を示めす場が無いからだと、言ってみたかったのでしょう。

そんな美好が今、その首筋を裂かれんとしております。

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(あ!)

そう思った美好は、その後の事を意図してやったつもりはなかった。
首の後ろから風が吹くのを感じた刹那、美好は身体を捻り身を低くした。左足を大きく引き、身体に立て掛ける様に構えていた剣を少し上向きに倒した。
相手がそのままの勢いで来たならば、串刺しとなったのかもしれない。

だがその男は刃を前にひらりと身を躱し、美好の横に止まってみせた。

(何という体捌きか!)

男に向き直った美好はこめかみに汗が流れるのを感じた。

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「ふぅん。こいつは驚いた。余程稽古に励んだって事
 かい?」

その男は笑いながら言った。

美好は初めて、その男の姿をはっきりと見た。全身闇に溶け込む様な黒装束。いや紺か。野良着を紺に染めたか。身に張り付いてはいるが、その上で腿や肩には遊びがあり動きは妨げぬと見えた。
顔は頭巾を被っているのだろう。目だけが出ていた。

「忍びであったか。」

「いや、これが都合がいいんで着てるだけよ。」

「では、何奴か?」

美好は間近に立たれてしまった以上は、気を抜けなかった。と同時に、これなら斬れるとも考えた。だから気合い負けをせぬようにと、精一杯声を低くしてみせた。

「やっぱり人を斬った事はねぇな、あんた。」

「何を!」

男はそんな美好の気合いを軽く往なす。

「分からねぇか。相手を殺すつもりなら前に出るのよ。
 あんたは足を引いて下がった。もし前に出ていたな
 ら、俺は刺されてたろうさ。」

美好はハッとした。
確かに確実に仕留めるなら、そうすべきであった。

「まあ、こいつは俺たちの稼業のやりようかもしれねぇ
 がなあ。侍には形ってもんがある。様式美ってなト
 コだ。」

確かに、、美好はまたしても唸った。
自分は形を稽古してきた。それは剣の動きとしては間違ってはいないはずだ。だがこの男は殺す事を目的としている。だからその身の動きを自由とする。
昔、戦さというものがあった頃ならば、刀は敵の首を斬る時に使った。組み打ち、斬り結び、必死に生きようとする者を相手に振るった。
ならば、、綺麗事ではない。もっと自由であったかもしれない。

「殺しを見られた以上、あんたは殺すしかない。ないん
 だが、もうひとつ手がある。伸るか反るかは、あん
 た次第だがな。」

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そう言うと、男はニヤリと笑いました。
やがて月が顔を出しました頃には、大沢美好だけがその場におりました。その右腕から一筋の血が流れます。
あのヒラリとした刹那で斬られた様でありました。


つづく

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