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剣 25(完)

今は生きる時なのだ。
人を殺すに躍起とならず我が身を守る為に剣を取る。

生き残った者が正しい。それは戦国から変わらぬ事だが、人を殺す事を主に置いた考え。
世の中には悪者もいる。災いが襲ってくる事もある。
そこにこちらから斬り込むのではない。

向かってくる災いを退け、生きる為に守るのだ。
自ら振るわず退けた剣こそが、今の剣となる。

それが人の願いであり、世の目指す先となる。

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さてもさてさて

その後の大沢美好であります。
此度の働きを認められ、次男ではあるが奉行所勤めとなっております。十手を持つ事が妙に嬉しく感じ、押し込みなどの荒事にも常に十手を構えております。

もう生涯、剣は抜かぬのかもしれません。

兄はそんな弟を誇らしく思い、今は良い嫁をと考えている様子。

神代兵馬は今日も門弟たちを前に、現世の剣を説いています。剣は時と共に変わり、変わらぬ心を育てるのだと。

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「先生、稽古をお願いいたします。」

「うむ。非番なれど精が出るな。」

「今の私は十手が剣で御座います。なればこそ、良く育
 てねばなりませぬ。」

「確かに剣よりは随分と短くなったな。」

「いえ、長さではないと先生に教えて頂いたと思ってお
 ります。」

「そうか。剣はもう抜かぬか。」

「鍛錬は怠りませぬ。されど、護るならばこの十手が相
 応しく思えまする。」

「護るとは、何をか。」

「生で御座います。己も向かいくる者も巻き込まれる者
 も命に御座いまする故。」

神代兵馬は深く頷いた。

「それが己の答えか、大沢美好。」

「はい。」

美好は一礼をして竹刀を構えた。胴の防具が動きの邪魔をすると感じているから、無駄な動きは省かねばと考える。それは十手を使う事に似ている。短く絡め取る事も出来る故に、要らぬ動きは却って邪魔になるからだ。

打ち据えるを先んずる事は無い。
絡め伏せ置き召し捕れば良いのだ。

神代兵馬はそんな大沢美好の気持ちを見透かした様に、口の端を僅かにだけ緩めていた。

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さてもさてさて

首を刎ねる為の剣の時代は過ぎました。
いや逆に戦さが遠退いた世であるが故に、剣が華となる時が来たとも言えます。

しかし、その剣の有り様は確かに変わります。
剣が武器である以上、抜けば誰かを傷付ける。
だからこそ容易く抜き放ってはいけない。
抜き放ったならば覚悟しなければならない。

それはとても怖い事。
自分が殺されるかもしれない事と同義。

今、この物語を読む方は剣を持ちますまい。
されど変わりに言葉の剣を振り回してはおりますまいか?大沢美好の様に自分の考えだけを正義と斬りつけてはおりますまいか?

人は変われるのです。関わる人全てが剣を構えてはいないのです。頭を常に先に進めなければ。時が止まらぬように。

それこそが、この物語。
それこそが、剣。

拙い語りが伝えるべき事だったのです。
どうか皆様の心に、この語り部の声が届きます事を。


剣 完



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