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剣 13

さてもさてさて

幾日かの時が過ぎております。大沢美好の元に怪し気な輩が現れる事は、まだ有りませんでした。
美好はこれを好機と捉え、連日、神代道場へと来ております。そこで延々と木刀を振り、帰れば真剣を振っておりました。その目は何者かの姿を見据えているかの様であります。

そして本日は、師である神代兵馬が直々に相手をしようと申し出てくれた様子。

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「ここまで!」

神代兵馬の声に大沢美好は深く息を吐き、一礼をする。
その美好を神代がジッと見ている。

「有難う御座いまする。」

息を整えた美好が言う。

「大沢、動きが変わったな。」

「そうで御座いますか。」

「うむ。儂がお前を斬ろうとしている。違うか。」

美好は師の姿にあの夜の男を重ねていた。
己がまだ気配を読めぬ事は分かった。ならばせめて、相手を認めた時の事は考えねばならない。
問題はそこまで持ち込めるか?という事なのだが、今は出来る事をするしかない。

「悪くはない。」

「と、申されますと?」

「そのまま精進せよ。」

師はそれだけ言うと稽古場を出て行った。
追い縋ろうかとも思ったが、それも無様に違いない。
美好はその場で、師の言葉に思いを巡らせた。
出来る事を必死に模索していた。が、どんなに考えても経験の足りない己にはこれしかなかった。

「後の先」

つまりは相手の初手を受け斬り返す。
だがこれにも難はある。受けるには勘がいる。
その勘は経験から生まれる。気配を読めると言えぬ以上、こうして場数を費やすしかない。
例えそれが付け焼き刃であろうとも。

(師は悪くないと言われた。変わったとも言われた。)

それは何を意味するのだろうか?美好にはシカとは腑に落ちなかった。だが師が良く変わったと言うのなら、
それは良いのだとは思えていた。

(師よ、だが俺は、、貴方の言う守る為ではなく、人を
 斬る為にやっている。)

美好の中で詫びとも取れる思いはあった。

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道場を後にした大沢美好は、また賑わう町中を通った。
足掻きではある。少しでも身の周りの気配を探れる様にとの、人を斬る為にとの。

意識してみれば、後ろを誰かが通る感覚は持てる時も出来た。これを常時とせねばならない。
風の吹く様を。空気が揺れる様を。そしてこれは気付きであったのだが、熱だ。

人が有れば熱がある。この熱さを知る事が大事となる。

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ここ数日、かつて無き思いで大沢美好は剣に向かい合っております。その集中力が気付きとなり、その気付きが喜びとなります。

それは美好に言わせれば相手を斬る為に過ぎません。ですが、後の先とは何でありましょうか?
何故、後の先を選んだのでありましょうか?

今、大沢美好は己の想いに気付いてはおりません。
自らが築き上げた理想と幻想、そのこだわりに縛られるが故に。


つづく


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