邂逅罪垢火焔演舞 5
翌朝。
宗矩と澪は大広間に居た。
少し前の江戸は片田舎でしかなかった。
そうであっても、ここまで歩いてきた者には何やら宴を開きたくなる気分はあったのだろう。
そんな笑顔と喜びが染みついた場に、二人は木刀を携え立っている。
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「もう良いのか。」
「ああ、ぐっすりと眠らせてもらったんでね。
で?」
「ん?、、どうという訳でも無いが、、
其方は拙者を信じてはおるまい。
無理に引き留める謂れも無い。
出て行くのだろう。」
「出て行くなら、あんたを打ち据えて行けと。」
「それでも構わぬのだが、、」
「何だい?」
「その剣をもう一度、見たい。」
澪はキョトンとした顔をする。
「其方の剣は流れに逆らい、息を吹き返した。
我が流派は流れに乗り無限の技を生む。
似ているが非なる剣だった。
その技も我が活人剣に生きるやもしれぬ。」
「活人剣?」
「人を生かす剣術だ。」
「刀は人を殺める物。」
「だが、生かしも出来る。」
「御託だね。
あたしはあんたを打ち、出て行く。」
澪の顔が、話は終わりだと告げた。
ゆっくりと木刀を上げる。
宗矩は木刀を腰帯に差し、実剣さながらに振舞う。
手を柄頭に添え迎え撃つ様子。
澪と宗矩の間に気が張り詰める。
それを嫌う様に澪が足を滑らせる。
正眼の構えから、ついと右爪先を前に出す。
宗矩は動かない。
それは正しい。
澪の狙いは爪先に誘われ動いた懐を狙う事。
何故ならば、右よりも強く、左足が畳を蹴ったからだ。
動かない宗矩を認めても、己の技を止めなかった。
澪にはそうした理屈は無かった。
ただ身体がそう動いたとしか言えなかった。
宗矩の柄に添えた手の指がピクりと動く。
その指の動きと共に、澪は身体を捻る。
宗矩の前でクルりと回る格好となる。
上から振る剣を横から薙ぐ剣に変えた。
だが宗矩は動かなかった。
一度澪の剣を見た宗矩には全てが虚に思えた。
つまりは我が身に届く剣以外に実は無い。
澪の剣は横から来た。
が、剣先は急激に上がる。
それが上がりきった時、両足をドんと畳に撃ち付け、
渾身の振り下ろしの剣が宗矩の頭を襲った。
「はっ!?」
刹那の後、呻いたのは澪だった。
宗矩の木刀はいまだ腰帯に差されている。
澪の剣はその額寸前で止められている。
宗矩の分厚い両の手が、澪の木刀を挟み込み、受け止めていた。
「どうした事か!?」
「拙者は女を斬る剣も打つ剣も持たぬ。」
宗矩は下ろすと共に手首を返し、澪の手から木刀を奪っていた。
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それからだ。
澪が潤んだ瞳で宗矩を見据え、
宗矩がその澪にこの場の用心棒を勧めたのは。
ここは桜楽館。
桜の様に儚く楽しみを売る場。
拐かされ行き場の無い女や、商売を目的に江戸に来た女を集めた場所。
幕府非公認の程をとってはいるが、江戸の風紀と秩序の名目で公然とある娼館である。
やがて宗矩の仕事は妖怪退治という絵空事の様なものになる。
いまだ名前と身に染みついた技しかない澪は、真面目一筋な宗矩よりは柔軟に物を考える。
そんな中でお互いを補い合う男と女が、真実に男と女になるのに時は要らなかった。
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「暗あぁーーーーーーい!」
「ああ、済まぬ。長々と邪魔をしたな。」
「そうじゃねぇよ!
死ぬなって言われて、長いこと考え込むなんざぁ、
縁起でもねぇんだよ!」
そうか。
柄にもなく昔の事。
澪と出会った頃に思いを馳せてしまったか。
それではまるで、この戦さが二人の最後の様ではないか!
「確かに!
またひとつ教えられたな、勇也。」
宗矩は晴れやかに笑う。
「すいません!この人、タメ口で偉そうに言って。」
「ああ?このお侍さんとは立場を超えた友達だぜ、美
代!」
「馬鹿!それでも遠慮すんのが可愛げよ!」
「あぁ、そうか。しくじったか!」
割り込んできた美代と勇也を見て、宗矩は更に笑う。
何を弱気な事を!
隠れ人はこんな笑顔を護るのだ!
その中に自分と澪の笑顔もあるのだな。
宗矩はゴチャゴチャと考えるのを止めようと思った。
つづく