思慕一途柳問答 13(完)
「美代、マズい、、」
こちら側に来た澪がそう思った時、美代はゆっくりと勇也に向かって歩を進め始めた。
その目が座っている。
「何だい!?その気に食わない目はさあ!
はぁん、惚れた男と一緒に死にたいって事かい?」
そんな言葉が聞こえないかの様に、美代は勇也とろくろ首の顔の前まで来ていた。
美代の目はろくろ首の目を睨み付けている。
その目にろくろ首が少し気圧される。
「あ、あんだよ、このアマぁ、、」
次の瞬間、恐るべき速さで
「あたしの男に何してくれてんのよお!!!」
その声よりも早く、美代の右拳がろくろ首の顔の真ん中に叩き込まれていた。
勇也の首を締めていた分、自身の首の長さには余力が無い。
その威力を逃す動きも出来ずに、モロに衝撃を受け止める事になる。
ろくろ首の鼻は潰れ、目からは涙が溢れだしている。
「美代!良くやったあ!」
爽快な声と共に駆け込んできた澪の一閃が、潰れた顔と勇也の間に走る。
ブチんと長く畝る首が切断された。
「行けぇー!走れー!!」
更に澪は渾身の声で叫ぶ。
それは向こう側まで届き、雪が自慢の脚を振い始める筈だ。
ドサリと勇也と顔が地に落ちる。
美代はその顔を蹴飛ばし勇也を抱き締める。
柳の幹に当たった顔を澪が網の中に突っ込み、流園に手伝わせ柳の木に縛り付けた。
「これで朝まで逃げられない様に見張ってりゃあ、仕
舞いだねぇい、、、なぁ美代、、はあぁ?」
「姉さん、野暮ってもんですぜ。」
流園が笑う。
澪も黙って頷く。
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美代は膝の上に勇也の頭を乗せて、その頬を撫でている。
まったくさあー!
お人好し!
お節介焼き!
でも、大好き!
「美代ぉ、、ヤバかったあ!油断したあ!」
「勇也はすぐ調子に乗るからだよぉ。」
「だなぁ、反省したぁ。」
「怪我、ない?」
「うっ、、首が痛えくらいだな。」
「なら、まぁ良かった。」
それから美代は勇也の頭を持ち上げて、自分の胸に押し当てた。
勇也も両手を美代に回し、しっかとその身体を抱き締めた。
やがて美代の身体が折れ、勇也は膝と胸に挟まれる格好となる。
「う、、苦しいよ、美代。」
「うるさい、離さない。」
「美代なら、、いいかあ。」
「あたししか駄目よ。決まってるでしょ!」
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「やれやれ、、だけど、これで良かったさぁね。」
「姉さん、あっしも朝まで付き合いますぜ。」
「だったら、屋台から酒を貰ってきとくれよ。」
「へい。」
澪と流園は酒をやりながら、朝陽を待つ。
やがて伊賀忍軍の者から知らせを受けた柳生宗矩が
それに加わる。
よくも自分を呼ばずに物の怪退治をしたものだと、宗矩が呆れた様に言う。
呆れた、、いや、不満気が正しいか。
その顔を見て澪は自分の茶碗を押し付け、酒を注ぐ。
女だってさ、惚れた男の為には命を張るのさ。
どうやら江戸って所は、そんな女ばかりがいるみたいさぁね。
澪は言葉にはしないまま、そんな想いを酒に託した。
宗矩は美味そうに一気にそれを飲み干した。
流園は急にお妙が恋しく思え、身体を震わせた。
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翌日、斬り離された頭と身体は柳の向こう側の林の中に吊るされていた。
「無茶をなさるから、、草太が目を覚ましたなら、ど
れ程に怒り狂う事か、、」
草太の姉、白い着物をしっかりと着た女。
そしてその横に立つがっしりとした体格の坊主頭が、その姿を見付けた。
「此度の件、痛手が多い。
草太殿の傷は塞がり申したがまだ術の眠りが覚めぬ
まま、、ただ待つのみ。」
「思えば、、貧しくとも家を奪われようと、秋月の
家族で笑い合えた日々の尊さよ。
此度の件、、誤ちであったろうか、、」
女は目に光る物を見せた。
「弱気になりますな、美琴様よ!
次は拙者が働いてみせましょうぞ!」
坊主頭の男はそう言うと妙姫の頭と身体を優しく、そっと降ろし始めた。
その姿を後ろから見る美琴と呼ばれた女は、その目を細め口の端だけでの笑いを噛み殺していた。
まほろば流麗譚 第三話
思慕一途柳問答 完