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雪風恋情心火華 9

「それは無いのだ。ふむ、良い機会かもしれぬな。話しておくには。」

柳生宗矩が口を開いた。

「物の怪は妖珠と呼ばれる朱い珠から生まれる。その妖珠の数は九つ。それは半蔵の調べで分かっておる。その中から江戸に持ち込まれているのは五つ。」

勇也は思い返してみた。今まで出会った物の怪は五体。

「本当ならもう物の怪は出ねぇ筈ってトコなんだが、、
その朱い珠ってぇのが九つとも大阪方にあるって訳じゃねえんだ。」

皆川良源が補足していく。

「七つまでは大阪方の手に有る。江戸に甲賀妖術忍が持ち込んだのが五つ。残りの二つはまだ見つけられてねえって事だ。」

「ふむ。大阪に二つが残っているのは分かっている。半蔵と伊賀忍び•茂平の調べでな。」

そう言う宗矩に勇也は目を丸くしながらも尋ねる。

「な、何で九つって分かるんだい?」

それには変わりに中山鉄斎が答える。

「流れ星さ、勇さん。朱い珠は九つの流れ星になって空から降ったんだ。その内七つは甲賀が拾い集めた。今は二つを探してる。半蔵の旦那たちだって遊んでるんじゃねぇんだぜ。日夜、その珠探しの忍びとやり合ってるのさ。」

「甲賀は徳川に御家再興を認められなかった。それ故に付くのは、大阪の豊臣となる。豊臣家が再び天下を取れば、その時に手柄を上げておれば、とな。」

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「何ぁんだよぉーーーーーーそいつぁあ!」

宗矩の話を聞いて勇也は叫んだ。

「またそんな天下取りで戦さしようってのかよ!
折角、江戸は落ち着いたいい町なのによお!
侍は町に暮らすもんの気持ちが分かんねーのかよ!
天下とか、んなもんは関係ねえ!俺は毎日美代と笑って暮らせて、仲間と美味い物食って楽しくやりてえ!」

「勇也ぁ、駄目だよ。柳生の殿様はそんな勇也の気持ち、護ろうとしてくれてるでしょ。」

美代に袖を引かれて、勇也はハッとなる。それから俯いて頭を掻いて、顔を上げ直してからキチンと頭を下げた。

「すまねえ、カッときちまった。」

宗矩はそんな勇也を責めはしない。

「俺もなぁ、最初は物の怪を倒す事が一番大事だと思っていた。周りは良く見えていなかったやも知れぬ。ただ、お前たちと関わる様になってから、何を護るべきかは分かったつもりでおる。」

勇也の何とも困った顔の横で、美代が何度も頭を下げている。それに宗矩は自然と微笑む。

「いや、侍とは戦さに勝つ事ばかりで、世に疎い者なのだ。それでは、お前たちの様な小さな幸せの尊さを見過ごしてしまう。それは遺憾と教えらておるのだ。」

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「はいはい、旦那ぁ。もうそれくらいでよ御座んしょうよ。早い話が、今度も町の者の手を借りたいって事でさぁね。」

澪が話を打ち切った。曲がりなりにも幕府の侍だ。あまり謙り過ぎても良くはない。それは柳生宗矩の格の話だと澪は考えている。同時にこの不器用さを好ましく思っているからこそ、後々の有り様を気にするのだろう。

「そうだな。澪、我らで皆を無傷で帰す。」

「あいよ、旦那ぁ。」

「じゃあ、おいらと良源先生は術者に当たりましょうかねえ。」

「だな。相手が人間なら何とでもなるからな。」

鉄斎と良源も軽口を叩きながら、顔を引き締めていた。

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そうしながらも、皆川良源は考えていた。
朱い珠、屋台、勇也と美代、信幸の死の謎。
その全てを繋げた先に雪女はいるのではないかと。

そう、良源は知っている。
朱い珠を持つ女の事を。

その人は何かしらの想いを持っている。
屋台に憎しみを向けているのか?
そして多分、信幸を刺している。

夫婦なんてものは、外見からは分からないものがある。
あの老夫婦もそうだったじゃないか。 

こいつは俺が仕留めにゃあならねえ。
誰にも知られずに。

そう硬く決意していた。


つづく



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