剣 19
さてもさてさて
悟りを開いた大沢美好。とは言うものの、意固地に張っていた無駄な意地を捨てただけなのですが、、、
いよいよ玉千鳥との対決の時は迫っております。
その行く末は如何に。
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身体を冷やしてくれていた夜風に熱が通った気がする。
美好はその感覚を信じて、団子屋の閉められた戸に背をピタリと貼り付けた。
熱は通りの向い側からと思えた。仮にこの戸の裏に相手が居たならば終わりのはずだったが、美好の読みは当たったらしい。
「へえー僅か数日だってぇのに、勘が育ってるじゃねぇ
かい。」
団子屋の向かいの店の何処かに相手はいる。だが、どの店の戸も既に閉まっている。ならば店同士の隙間の闇としか思えなかった。
美好は慌てぬ様に剣をゆっくりと抜き、身体の前に沿って立て構えた。
(落ち着け、俺は死にたくないだけだ。)
焦りは相手を斬り殺さねばと考えるからこそ生まれる。
今はまず生きる事を考えるのだ。
(ん?)
そこで美好は気付いた。初めて相対した時も自分はこう構えた。後の先を狙っていた。それも今思えば、生きたいという本心が身体を動かしたに違いない。
(何だ、身体は正直だったんじゃないか。神代流の剣は
ちゃんと自分の中に染み込んでいる。)
そう思うと美好の気持ちはスッと落ち着きを保てた。
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「折角、仲間に誘ってやったってのによ。俺を斬るつも
りだってなあ。」
声は笑いと嘲りを含んでいる。お前の事なぞお見通しだというのだろう。
「やはり、あの医者はグルだったな。」
落ち着いた声で返すと、少し動揺した息遣いがした。
「お前は俺を殺せると思っているから、要らぬ襤褸を出
すのではないか。」
その通りであろう。既に美好の虎の子「秘中の秘の剣」を相手は知っているはず。手の内が分かっていれば、それは余裕となり、そして油断にもなり得る。
「へっ!だから何だってんだい!死ぬお前には知られて
も構うめぇよ!」
焦っている。追い詰めようと仕掛けた言葉尻が、自分を追い詰めようとしているのだ。圧倒的な有利を崩そうとされた事は、意外に動揺を誘う。
この前といい、この男は相手の気持ちを揺さぶって隙を作ろうとするのだろう。その得意を返されるのは、さぞや不愉快に違いない。
「それは、どうかな。」
美好はさらに追い打ちを掛けた。
「俺が帰らねば、医者の所に八丁堀が踏み込むとしたら
、どうだ?」
「何だと!?」
「お前は俺が知らぬで医者の所に行ったと決めつけてい
るが、端から俺が知って行ったとしたら。」
「手前ぇえ!」
わざと反響する様にゆったりと放り投げる様に発していた声が、ただの怒気に変わっていた。
「相手を侮り過ぎると、簡単な事に気付けなくなるもの
だ。剣を学ばぬお前には分かるまいがな。」
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夜の町に歯軋りが響いております。
お見事、大沢美好。詰まらぬ意地に縛られねば、地頭の良い男だったようで。簡単に先手を取れると思っていた男が、逆に追い詰められている様です。
だがしかし、これはまだ小手調べに過ぎぬ辺り。
結局はどちらかが死なねばなりません。
果たして大沢美好、次の手は如何に。
つづく