邂逅罪垢火焔演舞 10
夜はまだ震える寒さを感じる。
美代は勇也にしっかりと抱きついて眠る。
二人がお互いを求めた後の残り火と若さが
身体と心を豊かに温めてくれる。
「ん?何だ、、」
勇也の手が美代の緩んだ懐に差し込まれる。
その膨らみがじっとりと汗ばんでいる。
「うっ、、勇也、、暑い、、」
吐き出される言葉混じりの吐息に
勇也は自分の指に力を込め
美代の突起を感じた。
「やれやれ、今夜は眠れそうにねぇか。」
「ん、、勇也、、?」
「美代、行ってくるわ。」
「えっ? 火の物の怪?」
「多分、、来たんだぜ。
この寒空に投げ出されたんじゃ、敵わねぇよ。」
「火を消すだけだよね、勇也。」
「おうよ! 物の怪は旦那たちに任せるぜ。」
「帰ってきてね。」
勇也はそのまま美代をギュッと抱き締めた。
「当たり前ぇよ!
皆んな起こして見回ってくるわ。
鉄っあんの作ってくれた、あれ。
少しうるせぇが役に立つぜ。」
耳元でするその声の色に、美代は自分の腕に力を込めて応えた。
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炎の斬撃とでもいうのか。
火車の振う大車輪から伸びた炎が乾いた土を焼く。
澪は口の端を上げて笑う。
当たりはしない。
身を動かさずに炎を見切る。
前回の邂逅では、その熱気に眩暈を覚えた。
だが今回はこの刀が伝えるチクチクとした痛みが
澪の意識を繋ぎ止めていく。
「お、、お前、、がぁ、、ぁああ!
あたしを殺した。」
猫の口から辿々しい言葉がもれ、
やがて流暢に変わる。
「だから何だい!?
あたしに斬られなきゃ、
あんたはもっと殺したろうがさあ!」
「うるさい!うるさい!!
あたしは幸せになるはずだった!
腹一杯食えるはずだったんだあぁああ!」
声はいまだに空気が揺れる耳障りさを持つが
もはやあの時交わした小絹そのものになっていた。
「あんたは最早、あの忍びの亡霊なんだねぇ。
火車は罪人の亡骸を黄泉に攫うと、
鉄斎は言ってたんだけどねぇ。
あんたは亡骸を持ち去らずに、死者を現世に連れて
来たって訳かい。
往生際を間違えた痴れ者よ!!」
澪の声にいつか聞いた力と誇りが宿っていた。
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「柳生宗矩だ。」
「柳生だと!将軍の剣ではないか!
我が剣が徳川の武を斬る時が来たか!」
「秋月家武術指南と言っていたか。
それに何の意味があるかは知らぬがな。」
「何ぉおう!」
「秋月は甲賀忍びであろう。
忍びに侍の剣が活きるとは思えぬ。」
「忍びの技、体捌きに侍の剣。
これこそが武の行き着く理想ではないか。」
「貴様、馬鹿だな。」
「愚弄するか!!」
「忍びは忍びなればこそ活きる。
侍は侍の太刀の重さがあればこその侍。
相反する極みが合わされば、それは無。
何の輝きも無い。」
大杉烈行は口の端を噛んだ。
確かに忍びの動きは身軽だった。
剣術に力を込める重さとは対極にあった。
その切り替えをどう生み出すか?
そこに拙くも足を掛けたのは
秋月草太、ただ一人であった。
「全ては適材適所よ。
なればこそ、世に様々な役割がある。」
「、、、黙れ、、黙れ!」
「ならばその巨体で甲賀忍びの様に跳ね飛んでみせら
れるものか?
所詮貴様は剣士にすぎまい。
なれば、我が敵では無い。」
柳生宗矩はスラリとその腰の剣を抜いた。
大杉烈行はその所作ひとつに美しさを見た。
これが汚れずに磨いた剣術だというのか!?
自分の様に身を落とさずに育んだ剣の姿だと。
「認めぬ、、認めぬぞお!!」
剣を正眼に構え乱れひとつなく立つ宗矩に
大杉烈行は斬り込んでいく。
斬ってやる!
無念と恥の日々ごと斬り捨てられたなら
自分はこの先にまだまだ夢を見られるのだ。
そんな私怨と願いを込めた。
だが動かない宗矩にその剣は届かなかった。
間合いに入った刹那に大杉烈行の足は、後ろに飛ぶ事を選んでいた。
その様はあたかも見えない壁に弾かれた無様さを持っていた。
つづく