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三忍道中膝転げ 12
「さて、どうするかだわい。」
「おらぁたちは忍びじゃあ。忍んで降りるしかなかろうよ、の?」
「羽は燃やされてしまった。それしか無いだろうな。」
三人は闇に紛れがら話している。忍びの声は他の者には聞き取れなくも出来る。人混みではこうやって意思の疎通を図るのだが、今回はいささか勝手が違う。
「ここから降りれんもんかのぅ。」
五助が廻縁(ベランダの様な部分)の高欄(手摺り)からひょいと顔を出す。吹き抜けた先には夜の闇だけが広がっている。そこに兵衛門もやって来て覗く。
「ふむ。流石に無理だわい。」
(大阪城天守閣は現代で言えば約70mある。)
「何かいい手は無いもんかの、、おっ、ここを見てみるんじゃ。」
廻縁に一箇所だけ微妙に木の色が違う部分がある。
「茂平、何じゃと思う。」
「抜け穴かもしれん。」
「なぁるほど隠し通路、隠し広間ときて、抜け穴か!」
「これだけ用心深い城だ。いざという時の備えが無いとは言えない。こいつはまだ出来あがっちゃあいないんだろう。」
「んだなあ。ちいっととはいえ、色が違えば忍びにはバレからの。どれ、開けてみるかいの。」
「おい、五助。気を付けるんじゃぞ!お主は頭から落ちそうだわい。」
色が違って見える板に、五助がゆっくりと手を当てる。
すると急に板が沈み込む。
「おわ!」
「ほれ、言うたではないか。」
兵衛門がよろけた五助の腕を掴む。
「んな事言ったってよぉ、こりゃあカラクリじゃあ。」
「カラクリかあ、なら、俺の出番だわい。どれどれ。」
兵衛門が調べてみると、ただ上に乗れば板は下に抜ける。落とし穴になっているのだが、斜めにゆっくりとずらしてみれば、小さな階段が現れた。
「抜け道じゃわい。知らぬ者には罠になるとはな。」
「色を変えてたのは、その罠にする為か。」
「お主の読み勝ちだわい。ここから逃げるとするか。」
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「頭ぁ、オラたちとも呑むべぇよ!」
留や太助、勇也組の人足から声が掛かる。
「おう!分かった。もうちょい待ってろよお!」
笑顔で答える勇也に柳生宗矩は言う。
「相変わらず人気だな。」
「そうかい。人足なんてキツい仕事さ。だからこそ笑ってられる様にしなきゃあならねえ。それだけだ。」
「それが市井の生き方か。羨ましいな。」
「は?何がだい?」
「侍は命の取り合いが仕事だからな。」
「あぁ、、だけどよ、もう戦さはねぇんだろ?江戸が落ち着きゃあ、侍も変わるんじゃねぇかい。」
「そうか。この物の怪騒ぎが終われば、違う生き方もあるやもしれぬか。確かに、そうだな。」
「そうさ。頑張りは無駄にゃあならねぇもんさ。」
「頭ぁ!」
また留の声が響く。
「行ってこい、勇也。」
「おう。またな、旦那。」
仲間の元に走る勇也の背を見て、宗矩は思う。
笑い合い、助け合う。そんな戦さ無き世には、やはり豊臣が最後の棘かと。
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茂平たち三人は大阪城外堀へと出た。
「随分と歩いたの。」
「しかしな、この抜け穴は意味があるんじゃろかな?」
目の前には水面が広がっている。
「しかし城もデカいが堀もデカい。しかもここを出るには、あの門を通らねばならんときたわい。」
堀には橋の様な道が有り、その先には門が有り門番がいる。大阪城が難攻不落と謳われる所以である。一気に大群で攻め込むは出来ない。
「いや、外堀から出られる抜け道はあるだろう。儂らが道を間違えたのかもしれん。」
「えらく長く暗い道じゃったからの。」
「一旦、穴に戻るしかないか。どうした、茂平?」
兵衛門の声を余所に、茂平は澄んだ水面を見つめていた。水が綺麗である事は生きるには欠かせない。あまりに豊かで膨大な水の量に心を奪われる。
「良い城だな。孫が孫のままでいられたのならば、こんな幸せな暮らしはなかったのかもしれん。」
「ふん。所詮は城じゃぞ。一番陰湿で血生臭い場よ。そもそも幼い秀頼様は何故死んだのじゃ。毒を盛られる、事故に見せかける。何でも有りだわい。」
「そりゃあ嫌じゃあ。ゆっくり寝れんし、息が詰まる。
おらぁ例え野宿でもぉ、自由に呑気にいる方がぁ好きじゃの。お前たちも居るしの!」
兵衛門と五助の言葉が刺さる。
「そうか、、そうだな。儂が孫の幸せを願い間違えた。籠の鳥はつまらんものな。」
「ならば、今はここを出るのじゃ!また改めて、今度は助けに来れば良い。」
「また来るんか?あーならぁ、色々支度せんとの。思っとったより、デカい城でぇ、歯が立たんかったからの。」
兵衛門と五助が笑った。茂平はそれで救われた気がしていた。
つづく