邂逅罪垢火焔演舞 6
笑顔と共に宗矩は帰っていった。
「今度は大変なんだね。」
「ああ、今度の物の怪は猫だ。」
「えっ!化け猫!?」
「んー両手に火の付いた車を持ってる。」
「えっ!燃えてるの?熱くないのかな?」
「物の怪だから、何ともなあ。」
「怖いね、、」
美代が不意に声を落とした。
その腰に勇也が手を回し引き寄せる。
「だなあ。
でも、あいつが退治してくれるぜ。」
美代は勇也の身体の熱を感じながら尋ねる。
「行かないの。」
「あんなん相手にしてる中に、俺みたいな素人が行っ
ちゃあ邪魔になる。
それに、美代が泣く。」
「怪我しちゃ、ヤだよ。」
「ああ、ただ火の手は消してやりてえ。」
「それは分かる。」
「で!あいつだ!
そう思わねぇか、美代。」
勇也が明るく言い放ち、視線を人足たちの中にいる太助に向けていた。
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話を聞いていた鉄斎は、ポカんとした顔をした。
「そりゃあ勇さん、逆だぜ。
火の着いたトコを壊すんじゃなくて、燃え移らない
様に周りを壊した方がいいってもんよ。」
「あ!なるほどなあ。」
「しかし、よくもまあ、、、やりなさったねぇ。」
鉄斎のその口調と顔に、勇也は言葉を重ねる。
「鉄っあんは、、
また物の怪に会ったのか!?
そう言いてぇんだろうよ。」
「あはは、バレたか!」
鉄斎は吹き出していた。
「だが、今度は物の怪退治はしねぇよ。
火の方だ!あれをどうにかしてぇんだ。」
「だから目立つ旗印みたいなもんってんだな。」
それが勇也が鉄斎の作業場に訪ねてきた訳だった。
「何かよぉ、遠目からでも分かって、出切れば派手な
音でもしてくれりゃあ分かり易いだろ?
皆んなですぐ駆けつけられるじゃねぇか!」
「ああ、いいぜ!引き受けた。
今度は関わらねぇってのは賢いぜ、勇さん。
あの旦那と姉さんが二人掛かりで手こずったてんだ
からなぁ。」
「まあなぁ、、てかよぉ、、あの物の怪相手に俺が飛
び出しても、あいつらの足を引っ張っちまう。
あの旦那がわざわざ礼を言いに来たんだぜ。
今度の物の怪には、何かあんだろうよ。」
鉄斎はしばらく黙って勇也の顔を見ていた。
若くして親父の地盤を引き継ぎ、人足たちを纏められたのは、こういう所があるからだ。
勇也は他人の気持ちを汲み取る。
それだけじゃなく、何気なく寄り添う。
言葉じゃない感情の波を分かってくれる。
勇也自身がお節介なのもあるが、それでも知り合った人が傍に居続けるっていうのは、居心地がいいからだ。
だから勇也の周りには、いつも仲間がいる。
今や柳生宗矩や松方澪さえも、その輪の中にいる。
大したもんだ!
鉄斎は素直に思う。
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「何だよ、鉄っあん!」
沈黙に耐えられなくなった勇也が言った。
「なあ、勇さん。」
それに応えて鉄斎が話す。
「勇さんは町の職人だ。全部を知らなくていい。
全部を知って殺り合うのは、旦那たち武士って連中
のお役目さね。
でもよぉ、勇さんはもう出会っちまってる。
この江戸を壊そうとする、物の怪によ。」
「物の怪は、江戸を壊そうとしてんのか!?
俺らは毎日汗水垂らして作ってんのによお!
許せねぇなあ!」
「まあまあ、落ち着きなよ。
だから旦那たちは物の怪の相手をして、物の怪を作
り出してる連中と殺り合ってる。」
勇也は合点がいった顔をする。
「あいつだ!
天狗の時に偉そうに言ってやがった奴!」
「そうさね、連中さ。
初めは旦那は、勇さんたちを巻き込むのを嫌がって
たんだ。姉さんもそうさ。
だがよぉ、今は何だかんだと頼りにしてる。
何でか分かるかい?」
「は?分からねぇよ、そんなん。」
鉄斎は素直な勇也に微笑んで続けた。
「江戸は町だ。町は人ひとりでどうにか出来るもんじ
ゃねえって分かったからさ。
侍が市井の勇さんたちと関わって、町に生きる気持
ちってもんを知った。
町を護るのは、そいつが1番の力になる。
誰かだけが肩肘張ったって出来やしねえ。
だからよぉ、勇さん。
勇さんが火の相手をしてくれるってんなら、旦那た
ちは背中を守られてる様なもんなのさ。」
「そうだな。
俺にゃあ、あんな化け物をぶっ倒す力はねぇがぁ、
少しは役に立てるってもんだなあ。」
勇也も悔しかったんだろう。
鉄斎の言葉に救われた様に頷いてみせた。
それから二人で笑った。
つづく