胡瓜畑攻防戦 7
「勇也が背中で二十本、ううん三十本も押し潰してる
んだからね!」
「んー悪かったよ。悪かったけどよぉ、しばらく家に
は行くなよぉ。」
「昼間は平気よ。鉄斎さんが着いてきてくれてる。」
「だけどよぉ、河童が出たらよぉ。」
勇也はやっと身体が動かせる様になった。
あれから四日が経った。
やはり毎夜五本、胡瓜は減っていた。
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「おうおう、、相変わらず痴話喧嘩かい?飽きねぇな
ぁ、おめぇらはよ。」
そんな中に鉄斎が顔を出した。
「やだ!そんなんじゃないです!」
「そ、そうだぜ!」
顔を赤くする二人を鉄斎は笑った。
「てかよぉ、鉄っあん。どうよ?」
「何がよ?」
「河童退治だよ。何か名案は出たかよぉ?」
「あー出たよ。今夜やる。」
「何だって!俺も行くぜ、俺も!」
「勇さん、動けんのかよ。」
「あたぼうよ!」
勇也の顔をしばし鉄斎が見つめた。
「何だよ!気持ち悪いぜ。」
「勇さんよぉ、、相手は河童だ。退治するともなりゃ
あ、命懸けだぜ。覚悟はあんのかい?」
「命懸け、、そんなのは駄目よ、勇也!」
「鉄っあんよぉ、川を埋めるのだって命懸けなんだぜ
ぇ。俺は毎日、命懸けで生きてる。
そうやって夕陽を見て、今日もやり遂げた!って思
うんじゃねぇか。
それなのによぉ、この熱い夏に冷やし胡瓜も食ぇね
なんざ、あんまりにも世知辛ぇじゃねぇかよ。」
「こら、勇也!あたしの為じゃなかったの!?」
美代が膨れっ面を見せた。
本当に、この二人はよぉ。
鉄斎はそんな事を思っていた。
「恥ずかしいじゃねぇか!それ言うのわよお!」
鉄斎にも迷いが無かった訳じゃない。
この気のいい職人を巻き込んで良いのか?
だが、、どうしても人がいる。
物の怪退治には二つの場がいる。
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大阪城から戻った服部半蔵という男は、物の怪の仕組みを見抜いてきた。
赤い珠は物の怪を呼ぶ。
そして呼んだ者がいるのだ。
この二つを伐つ事が退治するという事になる。
一人、二人では叶わない。
だからだ。
護りたいと願う人の力が必要なのだ。
この江戸の為でもいい、徳川の為でもいい。
惚れた女の為でも、好きな食い物の為だっていい。
物の怪退治には願いが必要だった。
物の怪を体現する邪心に打ち勝つ心が。
鉄斎はそう考えていた。
分かっていたから、僅かに迷っていた。
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「良し!やるぜ、勇さん!」
この若者の願いなら叶うかもしれない。
照れ屋で不器用で真っ直ぐだ。
「鉄斎さん、、大丈夫かな?怪我しない?」
そして、その気持ちを支える心も澄んでいる。
誰かが誰かの願いを、叶う様にと願う。
言葉を超えた想い。
そんな強さしか、この闇には太刀打ち出来ない。
そんな風に思えた。
「心配すんなよ、お美代ちゃん。そうだな、今夜出向
く前に、ちょいと手伝っちゃあくれねぇかい?」
「何だよ、鉄っあん?お美代に危ねぇ事わよぉ!」
「慌てんなよ、勇さん!ちょいと握り飯をこさえても
らうんだよ。」
「あ、、そ、そうかい、、ならぁよ、役に立つぜ。お
美代の握り飯は絶品だからよぉ、、」
「やだ、、ホントおにぎり、好きなんだから、、」
また二人が顔を赤らめて下を向いた。
本当によぉ、当てやがってよぉ。
「いいかい、お美代ちゃん。心を込めて握ってくれよ
ぉ。その気持ちが勇さんを護ってくれるからよ。」
「おう!お美代の握り飯がありゃあ大丈夫だぜ!」
「うん、一生懸命、心を込めて握るよ。」
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江戸ってのは、いい町になりそうだぜ。
まだまだこれからだが、きっとなあ。
河童は川の埋め立てに使った石を退けているらしい。
昨夜、水辺に濡れた石が転がっていたそうだ。
やはり物の怪どもは、この町が邪魔らしい。
この町が広がるのが嫌な者がいる。
だがこの町に生きる者には、そんな事は関係ない。
暮らしがあり、小さな喜びがある。
そんな暖かさが広がるのを邪魔されるのは、真っ平御免だぜ。
つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n88ec13b2fc09