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白蛇妖艶未望節 1

ボロ小屋の中には若い男が横たわっていた。

「ひとりにしてしまって、、、寂しかったかい、草太。」

そこに白い着物に紺の帯をピシリと締めた美琴が入ってくる。

「爺さん婆さんが側に居てくれたら良かったものを。歳はとっても忍びの血は抗えない。困ったものよ。そうそう喜んでちょうだい。六つ目の珠が見つかったわ。」

好きに話す美琴は、周りに誰も居なくなってからは饒舌になっていた。甲賀妖術忍頭領である秋月草太が聞いたならば、目を丸くして驚くであろう。物心がついてからの姉は、いつも無口な女だったからだ。

「これで七つの珠が一箇所に揃ったという訳よ。大阪の二つはまだ良いとして、天秤の支度は整ったわね。」

そう話す美琴の襟から首筋を動くものがある。それは女の白い肌に溶け込んで見える、真っ白な蛇である。時折動く赤い舌が、美琴の唇と肉体の赤を思わせた。

白蛇は美琴の身体を愛おしむ様に這い、裾を割り内腿の中へと消える。その後、美琴が眉をひそませ甘い吐息を漏らしてから、足元より外へと現れた。

そして横たわる草太の身体へと登っていく。服部半蔵に斬られた筈の左拳は、朱い光となりその形を作っている。

「もうすぐよ、草太。お前が仮初の命を手に入れるのはね。大阪の秀頼が力を付け、お前が江戸を壊してしまえれば、天秤の時は来る。家康めが小賢しい策を用いよるから、関ヶ原では血が少なかった。忌々しい狸めが。」

美琴が吐き捨てる様に言うと、白蛇が鎌首をもたげた。

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「随分と涼しくなったもんだ。秋だなぁ、美代。」

「うん。屋台に行くの久しぶりね。」

秋の夜、勇也と美代は佐納流園が仕切る屋台へと向かっていた。元の屋台の持ち主である紫乃は、未亡人となり故郷へ向かう旅に出たっきり戻って来ない。町の皆は生まれた地に情が湧いたのだろう。江戸に帰って死んだ亭主•信幸を思う暮らしよりは良いと、口々に話していた。

夫婦になってからは、流石に毎夜通って飲み食いする機会は減っている。勇也は仕事が終わると真っ直ぐに帰り、美代と共に過ごす時を大事にしていた。だが勇也の組に居る職人たちは、それを寂しがる。だからこうやって、偶には二人揃って出掛けるのだ。

細く狭い道を歩いていくと、走り回る太助の姿が目に入る。勇也の下で人足働きをしている太助は、その実直さを買われ、女飛脚の雪が居ない時には屋台を手伝っている。

「あー頭ぁ、皆さん、頭が来たですよおー!」

勇也たちを見付けると、大きな声を出して知らせた。

「あーー来たあ!やっと頭が来たでえ!」

「最近は恋女房と乳繰り合ってばかりだかんなあ!」

「んだあ!付き合いが悪いんでえ!」

「そりゃあ留よ、お美代ちゃんみたいな可愛い女房がいたんらさあ、夜までおめえの顔なんぞ見たかねえべよおー!」

「オラァだって可愛げなら有るんでえ!」

酔った留が立ち上がり身体をくねらせる。それを一同がどっと笑う。

「はいはい、頭を独り占めしてすいません!さあさあ留さん一杯どうぞ。」

その笑いに混じって美代が輪に入っていく。元は屋台の手伝いをしていたのだから、手慣れたものだ。

「勇さんも、一杯如何ですかい?」

頭に手拭いを巻いた流園が出てくる。

「そうだなぁ、久しぶりに飲むかあ。」

勇也は江戸埋め立て工事の指図をする役人が変わって、少しの間は禁酒をしていた。どうにも細かい所があって、気が抜けなかったのだ。今は慣れたのだが、組だけではなく女房も出来たのだからと、深酒はひかえて暮らしいる。

「流園さんも、すっかり板に付いたもんだなあ。」

「まだまだで御座んす。尻を叩かれっぱなしで。」

「お雪ちゃんかい?ふぅん、いいじゃねぇかよ。男は尻に敷かれてる方が、上手くいくってもんよ。」

勇也は流園にニヤりと笑った。

「そいつぁ実感ってやつで御座んすかい?確かにお美代さんには逆らえませんやね。」

「ああ、全くだ!」

「勇也ぁー!何?呼んだぁ!?」

少し離れた人足たちの中から、美代がひょいと顔を出した。

「おまけに地獄耳とくらぁな。美代!今夜は飲むぜえ。」

勇也は声を掛け皆の元へ向かいながら、流園に言う。

「お似合いだと思うぜ、俺は。」

不意を突かれて、呑んでもいない流園は真っ赤になっていた。


つづく


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