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三忍道中膝転げ 9

「そこの忍び、其方がこの子を孫と呼ぶならば、この朱き珠に願いを込めてみよ。さすれば、この子は其方の元へ帰るやもしれぬぞ。」

淀殿という豊臣の実質的な権力を持つ女子は、あまりに妖しく蕩ける様な笑みを咲かせながら、茂平にそう告げた。その手にはあの朱い妖珠が置かれている。

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大阪城天守閣に突如現れた浪人風の男は、茂平たちが乗ってきた羽を青い火で燃やし消した。それは三人が瓦の上に置かれた六文銭から目を上げた刹那だった。

その男に連れられ瓦の下に隠された梯子を降りると、そこは壁に蝋が焚かれた不可思議な廊下だった。吹き抜ける場は無く、何か穴倉の中を思わせる。そこが天守閣隠し部屋であると三人は気付いた。

やがて通された間には、あの真田信繁が居た。

「来たか、、最早後には引けぬぞ。」

「まず礼を言う。有り難い。」

真っ直ぐな茂平を見て信繁は息を吐いた。

「本当に会いたかったんだなあ。」

「会いたい。」

「そうかい、、だが気を抜くなよ。淀殿が秀頼公と共に御会いになるそうだ。こいつは俺にも訳が分からん。」

「淀殿が、、久しい事だ。」

「ん、、そうだったか、、あんた、あの場に居たのか。そうか、、あの時に付いて来たのは。」

「服部半蔵殿と共に孫を連れて来たのは、儂だ。」

「不思議なものだな、、あの後、始末したと聞いていたのだがな。」

「蛇の道は蛇だ。」

「服部半蔵と共に生き延びたとは、あんた只者じゃねぇな。上忍か。」

「儂はそんな者ではない。ただの忍びだ。」

信繁はその茂平を好ましく思った。あの時、追っ手共々の死体が見つかった。が、爆薬を使い顔は見分けがつかなかったと聞く。

そうか、あの中を生き残ったのか。
そして拾った命の最後の使い道が、これだったか。
長く機会を待ったのだろう。

ん?ならば淀殿が会う理由とは何だ?
密かに遠目にでも顔をと考える信繁に、淀殿からの知らせが来た。

何処から漏れた話かとは思ったが、知られたならば隠せもしない。信繁はわざと無理難題を出したとは誤魔化したものだが、淀殿が其の者は来ると言う。半信半疑でいたものの、三人は確かにやって来たのだ。

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そこには豊臣秀頼という、まだ幼さを残す子がいた。
脇には淀殿が座っている。

「秀頼殿、この者が是非に御目通りをとの事。」

「そうか。この者か。面を上げよ。」

秀頼が平伏する茂平たち三人に目を向けた。
茂平はそこで初めて、かつての孫である秀頼の顔を見つめた。

「豊臣秀頼様、、御健やかに育たれました、、」

「そうか。身体は良い。が、気は虚ろ。」

そう言う秀頼の目は何処か焦点が定まっていない様に見える。茂平を見ては僅かに目を開き、頭を揺らした。
それはまるで茂平を見る度で我に返り、またそれを何者かに引き戻されているのかとも思えた。

「私に礼を尽すとは見所が有ろう。この先も豊臣の天下の為、忠義を尽くしてもらいたい。」

言葉の波が、秀頼の目の動きを変える。話す毎に揺れる。茂平は思わず膝を前に進めた。

「無礼者!」

淀殿の叱責がそれを止める。場に緊張が走る。
付いては来たが、身の振りようがなかった兵衛門と五助が息を呑んだ。

「が、関ヶ原の後、秀頼殿に礼を尽すは見事な心意気。
徳川とは、またいずれ戦さとなるやもしれぬ。其方たちの様な者は大事にせねばならぬなあ。」

茂平は淀殿の言葉を素通りし、ずっと秀頼の顔を見ていた。この子は戦っているのではないか?この子自身の心と身体が、それを操ろうとしているあの朱い珠と。
そんな妙な想いが湧いた。まだ瞳は揺れている。

その時だ。秀頼の右手が開かれ茂平へと向けられた。
茂平はその手を掴みたかった。それは助けを求める孫の手かもしれなかった。幼き三つの頃、転んだ泥道の中から差し出された、あの手だったかもしれない。

駆け出し抱き上げねばと決めた時、茂平の目の前に淀殿が立ち塞がっていた。秀頼と同じく自分に手を差し出している。

「そこの忍び、其方がこの子を孫と呼ぶならば、この朱き珠に願いを込めてみよ。さすれば、この子は其方の元へ帰るやもしれぬぞ。」

その妖しく妖艶な響きが、閉じ込められた隠し広間の中を風として吹き抜けていた。


つづく


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