邂逅罪垢火焔演舞 9
「澪、呑気なものだな。」
「何がです、旦那。」
澪は気怠るく身を横たえていた。
「いつあの物の怪と術者が来るともしれん。」
「でしょうねぇ。
連中、妙に人間くさいってんだから、先ずはあたし
を殺しに来ますやぁねぇ。」
「まあ良い。連中は俺が斬る。
休んでいればいい。」
澪はゆっくりと身体を起こす。
「あたしが斬りますよ。こいつで。
だからこんなに疲れてんですから。」
宗矩がチラりと立て掛けられた刀を見た。
「鉄斎の奴、、こんな刀をお前に渡すとは。」
見ただけで大振りなのは分かる。
おまけに鞘には鉄が巻いてあるらしい。
鞘だけでも木刀なぞ及ばない鈍器となるだろう。
「厚身で重い。こいつを使うにはコツがいる。」
「おまけに、これを握ると妙に頭が痛くなるんですか
ら、真実あたしの刀なんですよぉ。」
「連中相手に頭を痛ませては、尚更に無理だ。」
「旦那ぁ、違いますよ。
この痛みがあたしの目を覚ますんですよ。
刹那の隙も見逃さない目をね。」
澪の目に宗矩は言葉は要らぬかと思う。
この目は、初めて会った時の目だ。
あれから分からぬなりに、この桜楽館での諍いを咎める用心棒として過ごした。
宗矩との仲も深まった。
物の怪退治にも関わってきた。
いつの間にか、いやわざと隠してきた自分の本性。
それを今取り戻し、それでも松方澪として崩れぬ姿を誇っている。
宗矩なりに気遣ってきたつもりだが、澪も澪なりに今の暮らしに自分を押し込めていたのだろう。
「窮屈であったか、、」
宗矩が意図せず口に出す。
「何がです、旦那。」
「いや、気にするな。」
澪はその言葉に笑った。
「さて、今夜来ますかねぇ。
そろそろ斬れそうなんですがねぇ。」
「町から離れたこの桜楽館、戦さの場としては良かろ
うしな。」
「しばらく誰も居ないってのに、旦那としっぽりとイ
ケないのもねぇ。」
「お前というやつは、、」
「松方、澪ですよ。」
澪は妖艶と応えた。
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「小絹よ、僅かなれど掴んだ日々を。
より満足に食える先を奪った輩を生かしてはおけぬ
よな。」
大杉烈行は朱い珠を、その不恰好な結晶を懐から取り出し、握り締めながら呟いた。
「可哀想な我が娘よ。
恨みを晴らそう。」
まさしく小絹を失った事は烈行にとっては、夢が潰えた気がしたのだ。
秋月家がしくじっても、自分には小絹がいる。
僅かながらの蓄えも隠してあるが、後は娘が稼いでくれる。
烈行にとっては後ろ盾だったのだ。
それがあれば、自分は自分の欲のままに生き方を決められる。
武を振える生き方を失わずに済む。
そのはずだったのだから。
やがて烈行の顔に熱気が当たり始めた。
火車、、娘の顔をした猫の物の怪。
揺らぐ空気がやがて炎を浮かび上がらせ、そのまま人な形になっていく。
それでも納まらぬ熱が、両の手に炎の車輪を作り出していく。
恐ろしき姿よ。
まさに物の怪。
娘の顔を見て親が初めに思うのが、それである。
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「ん、、」
「来ましたかね、旦那ぁ。」
「ふっ、、まだ夜は冷えるというのにな。」
「暖かいってんだから、今宵は春ですねぇ。」
「春かぁ、ならば桜の花の様に散ってもらうか。」
澪がふと笑う。
「随分と風流な事を言う様になったじゃないですか、
旦那も。
あの勇也なんざと関わったからですかねぇ。」
宗矩もニヤりとしながら
「そういうお前も、晴れた顔をしている。」
「あの職人は馬鹿ですからねぇ。
まともに悩んでるのが馬鹿らしくなるんですよ。」
「そうか、お前悩んでいたと言える様になったか。」
澪が立ち上がり刀を掴む。
そのまま宗矩に近付き、その肩に額を乗せた。
「だから、旦那。
お前じゃあ不粋ですよぉ。
あたしは松方澪なんですから。」
その熱と鼓動を感じながら宗矩は負ける気がしなくなっていた。
あの夜、勇也と美代の有り様に感じた想い。
それが自分にもあると奮い立たせるからである。
つづく