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三忍道中膝転げ 2

慶長5年(1600年)九月十五日、関ヶ原の大戦に負けた豊臣方の武将•石田三成は十月一日に京都•六条河原にて斬首となり、その首は鴨川にかかる三条大橋の川岸•三条河原にて晒される事となった。

今、その首を遠巻きに見つめる人の中に、茂平は居た。

「終わったなあ。天下は徳川のものとなった。」

茂平は息を吐く様に呟いた。

「何、嬉しくはないのか?これで俺たちは里へ帰れるぞお。はあ、ゆっくり出来るわい。」

茂平の傍には二人の老人がいる。側から見れば、京の翁が物好きにも散歩がてらに首を見に来たという風情。
しかし、周りの者誰一人として、この翁たちが話しているとは気付かない。

「おらあは、里に帰るのは、嫌じゃあ!」

小太りの翁は叫んでいたのだが、忍びの声は市井の者たちには聞こえはしない。ただそれでも、この者がまた感に任せて駄々を捏ね出すとも限らない。三人は知らぬ顔でその場から離れた。

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「五助はすぐに騒ぎ立てるのがいかんのだ。」

「分かっとらんのじゃあ!兵衛門には腕も技も有るからの。里に帰ったとて、若い者に教える事は山程有ろうよ。チヤホヤされて、それは楽しかろうよな。」

「何ぁにを言い出した?お主もそうすれば良かろうよ。年老いた忍びに出来るは、若き者たちを育てる事であろうが。」

「何を教えられると、思うんかの?お前らに比べて、おらぁには使える術はひとつしかない、、それに鈍間じゃあ!里に帰っても馬鹿にされるだけじゃあ!」

兵衛門は呆れた顔をしたが、どこか深く頷いた。確かに五助はひとりでは使い物にはならない。判断が弱い。ここぞ!という時もオドオドと決めかねる、、いや、そもそも、そのここぞ!が分かっていない。

そんな男ではあるのだが、五助の使うたったひとつの術の価値はあまりに高かった。里で習得出来た者は他に誰もいない妙技である。上手く使えさえすれば、あらゆる局面に活路を見出せる程の技なのだ。

だから里長は割り切った。単独で動く事の多い忍びとしてはお粗末だが致し方ない。つまりは誰かが常に傍に居て、使い所を指図さえ出来れば良いのだと。そしてその役は、幼馴染の茂平と兵衛門に回ってくる事がお決まりになっていた。

「まあ、、まあ、、な。」

「な!そうじゃろ!何して戦さは終わったんかの。おらあ、お前たちと外に出ているのが、いい!帰りとうないの、、う、うっ、、」

「泣くな、いい歳をしおって。」

兵衛門が困った顔を向けると、やっと茂平が口を開いた。

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「とは言え、二人は帰らねばならん。」

「ん?二人はとは、何だ?」

茂平の言葉に兵衛門が怪訝な顔をする。

「儂は行く所があるのだ。」

「な、お主、里を抜ける気か!?」

「そう、、なるな。」

「馬鹿を言うでない!その歳で抜け忍だとお?すぐに捕えられてしまうわい。そうなれば、、分かっておるではないか。」

忍びは組織立って動くもの。その規律は厳しい。反すれば、すなわち身を滅ぼす。兵衛門の言葉は間違ってはいない。泣いていた五助もそれどころではなくなり、じっと息を呑んで茂平を見ている。

「どうしても、儂が生きている内に会いたい者がいるのだ。我儘なのは分かっているが、、どうしても。」

三人で組んで長い。オドオドした五助に自信家の兵衛門、そしていつも冷静で表情を変えない茂平。その茂平が顔を歪めている。

「何処へ?何処へ行こうと言うのだ?」

静かに兵衛門が尋ねる。その声音を受け止めた茂平は言わぬ問答を無駄と悟った。

「大阪城。」

「大阪城じゃとぉ、、あそこは今ぁ、戦さに負けてぇ、てんてこ舞いじゃあぞぉ。」

五助が驚きの声を上げる。

「そうだ。もはや敵も味方も分からぬ。迂闊に近寄ったならば、それだけで斬りつけらるわい。」

兵衛門も落ち着いた風でいるが、内心は騒めいている。

「だが、それでも、行かねばならん。」

「誰に、誰に会いたいのだ、茂平!」

茂平が二人を見、きっぱりと答えた。

「豊臣、秀頼公だ。」


つづく



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