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雪風恋情心火華 10
佐納流園と女飛脚の雪が広場に屋台を引き込んでくる。
ここは川沿いではあるが、通りと通りに挟まれた隙間の場所となっている。元々は勇也の組が大八車に道具や丸太を置くのに使っていた。そこを夜は信幸の屋台に提供していたのだ。
広場からの細い小道は通りに伝わり、その開けた時に目にする大きな柳の木を支点にして、また幾つかの通りに分かれている。その一筋は皆川良源の診察所や更に先にある柳生宗矩の仮宅に繋がり、また一筋は中山鉄斎の作業場もある小さな商い通りに繋がっていく。
所謂、隠れ家的な場となっている為、店を構える飯屋等とはカチ合わずに済んでいる。屋台を引く侍上がりの商売には、これが良かろうという配慮でもあった。
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「さて、来やすかねえ、、」
流園がポツリと呟く。
「この屋台が目当てなら、いつか来ますよ。」
雪の声にも抑揚が無い。二人とも物の怪には縁があるにしても、あの雪女には改めて震えを覚えていた。
天狗にろくろ首に子泣き爺。そのどれとも違う怖さは、やはり雪を降らせる事にある。天にまで及ぼす力は、この世ならざるものであると知らしめるには十分過ぎる。寒さとは人の心も凍えさせるのかもしれない。
「早く出てくれた方がいいぜ。流園さんも商売あがったりだろうよ。それにいつまでも居座られるのは、気に食わねえ。」
そこに美代を連れた勇也が現れた。
「確かにそうで御座んすが、、どうやって仕留めなさるんでさぁね。」
「鉄っあんの事だ。何かしら考えてんだろがなあ。」
「勇也ぁ、またいきなり寒くなるのかなぁ。」
美代は前回屋台に凍り付けられている。不安になる気持ちは分かる。それでも、少しでも役に立てればと自分を奮い立たせられるのは、勇也が傍に居てくれるからだろう。勇也とて、それはよく分かっている。
「寒くなったら、俺の背中に隠れるんだぜ。」
「でも、そしたら勇也の背中にくっ付いちゃわない?」
言われて勇也もしばし考える。いざとなれば美代を連れて逃げなきゃならない。ならばいっそ。
「よし、背中に飛び乗れ。俺が美代を背負って動く。」
「え!重くないかな、勇也。」
「へ!女房ひとり背負って走るくらい、訳ねぇぜ。」
美代が頬を赤らめる。それを見ている雪は、自分がいつもの調子を取り戻していくのが分かった。こんな時だからこそ、いつもが大事に違いない。
「全く、見せつけてくれるねえ!熱すぎて雪女も溶けちまうよ。ねえ、流園さん。」
「へい。やっぱりぃ、、夫婦ってのは良いもんで御座んすねえ、お雪さん。」
雪はうっとりとした流園と目が合うなり頬を赤らめる。
「そ、そんなのは、、あたしに言われたってさあー」
「あ!いやいや!こいつぁあ御無礼を!」
流園も釣られて泡を食う。
「何だか面白いもんだなあ、美代。」
「そんな事言っちゃ駄目よ、勇也。」
二人も微笑んでしまっていた。
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「さて澪。あれが現れたら絶え間なく頼むぞ。」
「どうも勝手が違いますさぁねえ。」
「此度は勇也たちと同じ場に居ても仕方がない。」
「雪じゃあ足場が悪いでしょうからねえ。」
「だからだ。これを使うのが得策であろう。火種を絶やさぬよう頼む。」
柳生宗矩と松方澪は何処に居るのか?
この広間は川沿いにある。そして雪女の降らせる雪は、広範囲にという訳にはいかぬ様だと踏んだ。
この引っ込んだ場所に流れている川は支流である。それは柳の木の下を流れる太い本流へと繋がっていく、細く緩やかな流れであった。
「さて旦那、あっしは良源先生と落ち合いまさあ。」
大きめの壺を置いた鉄斎は、火種入れを澪に渡して言った。
「分かった。で、鉄斎。」
「何でしょう?」
「良源は何を知っているか。」
鉄斎はいきなり切り出された話に息を呑んだ。しかしすぐにニヤリと笑う。
「流石は旦那ですねえ。」
「ふむ。話しておいてくれ。良源はまたも無理をしようとしておるのだろう。」
この旦那も変わりなさった。鉄斎はそう思った。
幕府よりの命であれば多少の痛手は厭わない侍であった者が、今は仲間の身を案ずる事を忘れはしない。
これも勇さんのおかげかねえ。
鉄斎はゆっくりと事の次第を話し始めた。
つづく