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白蛇妖艶未望節 3

「良源、どうだった。」

診療場から出て来た皆川良源に柳生宗矩が問うた。

「仰る通りってやつですね。目立った傷が無い。これじゃあ溺れたとも言えますし、それ以外なら何で死んだって話でしょうよ。」

服部半蔵が運んだ遺体を良源は調べていた。

「あ、ただ小さな傷なら二つ程有りましたね。小さな虫に刺された様な穴が並びで。」

「気になるか。」

「そいつが一番新しい傷に見えます。ここに運ばれた遺体には、皆んな揃ってある。」

「何だと思う。」

良源は少し考えてから答える。

「何かの牙に噛まれた傷、、ただ、こんなに小さいときたならぁ、先をちょんと刺した程度に思えますね。」

「噛み付いた訳ではないのか。」

「ええ。」

宗矩は、うんと首を捻っている。それは良源も変わらない。

「考えられるのは何かの強い毒ってとこですかね。ただそれだって、すぐに回るとはねえ。何か狙いがあってやってるとなりゃあ、それじゃあ却って都合も悪いでしょうし。」

「うむ。やはり女を見付けるしかないか。考えて分からぬなら、見るしかあるまい。」

良源が鉄瓶から茶を入れ、宗矩にも差し出す。

「しかし旦那、今回は何も分からず仕舞いなんですぜ。上手い事、白い着物の女を見つけたって、何を用心したらいいのかさえ見当が付かねえんだ。」

宗矩が茶を一口飲む。

「確かに、仮に針の様なものを飛ばされたとしたら、暗闇ではどうにもならぬ。」

「針ねえ、、まあ、それ位のもんだとは思いますが、小さい動物じゃねえんですかね。」

「そうか二つ並び、、待て、確か茂平が大阪で会った女なら白蛇と言ったという。」

良源は茶碗を置き、手を打った。

「蛇!蛇は有り得ますぜ!毒も有る!蛇の牙なら傷口も納得は出来る、、が。」

「傷の浅さだな。」

「ええ。蛇の物の怪、、しかも、こいつは小さい。」

宗矩は早急に中山鉄斎の知恵を借りねばと思っていた。

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「七歩蛇ってのが一番近いですかねぇ。毒が強くて噛まれると七歩位で死んじまうっていう。」

中山鉄斎が一日使って、柳生屋敷の書庫で物の怪を調べてきた結果である。

「ふーん、、」

「引っ掛かりやすか?」

良源の診療所に宗矩、今宵は松方澪に中山鉄斎が居る。
唸っていた良源が口火を切った。

「その白い着物の女は、物の怪を作ってる秋月頭領の姉なんだろ?てことは、頭が動き出したって事だ。今までみてぇに、ちまちま人足の数を減らそうとするもんかねぇ?」

「確かにな。妖珠も五つ失くしている。向こうも尻に火が着いている。ひとりひとり毒で殺めるなぞ、手間の掛かる事をするだろうか。」

宗矩を良源の言いたい事と同じの様である。

「仮に蛇だとすりゃあ、ああ大変な仕事だ。」

鉄斎もそう思う。

「あたしなら、ひと思いにひっくり返したくなるからねぇい。そんなまどろっこしい事は御免だよ。」

澪がそこまで言った刹那、戸の向こうに気配があった。

「誰だい!?」

腰の脇差しに手を掛け、澪が凄む。
その声に応えたのは、半蔵配下の伊賀者であった。

「忍びで御座います。半蔵から急ぎの繋ぎをと。」

「うむ。申してみよ。」

「また川から遺体が上がり申した。此度は女。」

これには問うた宗矩も驚いた。白い着物の女が誘うと聞いて、てっきり狙いは男だと決め付けていた。しかし女の遺体が上がったとなれば、話は変わる。

「どの様な女か。」

「腹に子がある様で御座います。」

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話は全く分からなくなった。

江戸の町を広げる工事をする人足の男だけでは無く、身籠った女までが狙われた。その後に良源の診療所に運び込まれてきた女の身体には、やはり並んだ小さな穴がある。ならば、江戸中の者を皆噛み殺して周るというのか?

それにしては、今回の場所は人気の少ない川縁だという。もしそれが狙いなら、前と同じく人の多い夜の町中を選ぶだろう。

流石の鉄斎にも全く狙いが分からなかった。それどころか、いつもなら当たりを付ける物の怪の正体さえ、皆目分からなかった。

服部半蔵は今、遺体のあった川縁を走っているという。
何としても白い着物の女、秋月美琴を見付けねばならぬ。それしか対策を練るきっかけが無かった。


つづく





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