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剣 11

さてもさてさて

意気揚々と師である神代兵馬に会いに来た大沢美好。
その腕を褒められる事を期待していたのですが、何やら師より問い掛けられております。

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「分からぬか。分からぬであろうな。」

「申し訳御座いません。御教え頂きたく。」

「今の世に本来の剣を呼び戻す事は出来ぬ。」

「何と!?」

古流実践剣を教える師からの意外な言葉に、美好は驚き声を上げていた。

「何と申されますか!?」

「お前はここまで、どうやって来た。」

「はあ、屋敷より大店の通りを抜け、、」

「辺りの店はどうであった。」

「何やら季節の物が並び、皆活気がありました。」

「店先を覗きながら来たのだな。では、その己を見る者
 たちの目はどうであったか。」

美好には師の問いかけの意味が分からなかった。
自分を見る者の目とは何か?
その美好に神代はゆっくりと首を横に振った。

「戦国乱世ならば、ただ歩くだけで斬られたやもしれ
 ない。いつ己の命が無くなるやもしれぬ。武士は常
 に、そう思っておった。」

(ああ、確かに自分はそうは考えていなかった。)

「また武芸者ならば雨風を凌ぐ屋敷さえ無く、衣服のみ
 で暑さ寒さに耐え修行の旅をした。」

(師もそうやって生きてきたのだろうか?)

「徳川の世となり旗本は公儀よりの屋敷を頂き職も与え
 られ、其方の様な次男であろうと食うには困らなく
 なった。」

(飯は食える。雨風も凌げてはいるが、、充分に豊かと
 は言えぬ。師には分からぬのだ。)

「それはな、あのひりつくような緊張感とは遠い話なの
 だ。常に身の廻りに気を張り続ける生き様は、今の 
 武士には分からぬ。だから大沢、お前には斬れなか
 ったのだ。」

美好の顔がみるみる赤くなっていった。

「今の世には、今の剣。つまりは我が身を守る剣だ。
 だからな、お前が此度に振るった剣は、間違っては
 いないのだ。相手を斬る事にこだわってはならぬ。
 世の流れに取り残されてはならぬぞ。」

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美好はそのまま礼をし、道場を後にした。
師は自分の気持ちを見透かしておられた。
人を斬ってこその剣、武士である。
ずっとそう思い竹刀稽古や防具などと蔑んできた。
故に小遣い稼ぎの指南も、この神代道場を選んだのだ。

見透かしておられたからこそ、使ってくれていたのではないのか!それを相手を斬れなかった事を正しいとは何たる御言葉か!

やはり剣を怪我無き様にと金儲けに使う輩は、皆同じく志を捨てたに違いないのか。

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師より意外な言葉を投げ掛けられた大沢美好。やはり師とて武士たる者ではないのか!?と、来た時とは変わり重い心持ちであります。

しかし、美好は忘れているのでしょうか。
あの男に斬られはしたが、斬れはしなかったという事実を。

時は過ぎ行き、世は変わる。時を巻き戻せもしない以上、人はその現実に寄り添いながら自分の生きた頃の志を残すものと思われます。

果たして神代兵馬の言葉。 
その意味を大沢美好が解する日は来るのでしょうか。


つづく




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