天空凧揚げ合戦 13(完)

「儂が欲しかった物は貰った。」

「ああ?」

「お主の左手に握られた、これよ。」

半蔵はその手にした、秋月草太の左拳を見せた。

「な!」

慌てて見ると、草太の左手には拳が無かった。
血は流れてはいない。
斬撃があまりも早く鋭かったのだ。
まだ身体も脳も自身の異変に気付いてはいない。

「この珠よ。」

半蔵は拳を無理に開き、珠だけを取り投げ捨てた。

「この野郎!俺の手を!」

顔を真っ赤にして草太が吠えた。
それを機会に血が吹き出した。

「くそぉ、、」

「情けだ。介錯仕る。」

半蔵は止めを刺そうと油断無く近付いた。

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月に照らされたまま、乱れた着物の下の肉を隠す事も無く降ってくる松方澪は見惚れていた。

「ああ、綺麗だねぇ。」

空を飛ぶ高さで、月や星に町を見る事などありはしない。このまま落ちても悪くないかねぇ。
そんな澪の耳に声が聞こえてくる。

「あらまあ、まだ生きろと言うのかい、旦那ぁ。」

澪を抱き止める腕が待っている。
大の男が馬の上に立っている。
仕方ない。そこに落ちるとするかねぇ。

「大事ないか。」

「無性にムラムラするくらいですかねぇ。」

「お前という女は、、斬ったか?」

「ええ、鼻を。」

「鼻か。」

「旦那も熱り立ったものが萎えると、可愛いくなるで
 しょう。」

「澪、、よさぬか、、」

澪はこの男を心底可愛いと感じた。

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ドサリと顔から天狗が地に落ちた。
勇也と雪はその近くまで走ってきていた。
天狗はヒクヒクと痙攣している。

「兄貴の仇ぃ、、」

「許せねぇかあ?」

勇也は腰から鉄の棒を抜き、サッと振って伸ばした。

「この様なら、コイツでも殺れるだろうよ。」

雪が鉄の棒を受け取り、ゆっくりと天狗に近付く。
天狗の身体は少しずつ崩れ、赤い蛍の様な光の粒になって消え始めている。

雪は棒を掌に握り直し力を込めた。
こいつは許せない。
許さない。

でも、こいつを殴り殺したら、、
もう笑えないかもしれない。
勇也と、、笑えないかもしれない。
この町で、笑えない気がする。

あたしは飛脚だ。
侍の代わりに殺し合いをする仕事じゃない。
それが、あたしなんだ。
あたしはあたしなんだ。

「危ない事はしなくていいよ、雪。」

そう言って、兄貴はあの夜一人で走った。
あたしの事、よく分かってくれてる兄貴は天狗の相手を一人で引き受けた。
あたしがホントは怖がりで、引き摺りやすいタチだと知っているから。

天狗は消えていく。
もう半分は消えた。

「あたしが手を出すまでもない!こんなもんに!」

雪はちょっとだけ胸を張って、鉄の棒を勇也に返した。

「おう!」

勇也はそう言って、ニコリと笑った。
雪はその顔に、目を伏せて答えた。

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半蔵の忍び刀を横笛が止めた。

「流石ですね、伊賀忍軍頭領。侍にも劣らぬ剣技。」

「何奴!?、、気配をさせなんだ。」

「草太、調子に乗って、、とは言え、草太は秋月家を  
 再興すべき者。姉として討たせる訳には参りませぬ
 故。」

「甲賀忍び、秋月家。妖術を得意とする家系。
 お主らが江戸を、、」

「滅びたと思っていたのでしょう?
 甲賀を舐めるな、伊賀者よ!

 我らは武名を剥奪され、忍び本来の影日向に潜んで
 きたものよ。

 禄を食む主らには、とうに忘れ去りし身の怖さを知
 るが良かろうよ。」

「くっ、、」

「されど、今宵は預けましょう。
 こちらも草太を早く連れて帰らねばなりませぬ。

 そちらも、その太刀を笛如きで止められた事、心に
 しこりとなりましょう。」

草太の腕を出血させずに斬り落とした半蔵の斬撃。
それを横笛一本で止めたこの女は、、、
草太より強い。
草太より慢心が無い。

この忍びには見えない白い着物をしっかりと着た女。
だが、この太いとはいえ木の枝の上に不自由なく立つ女と、今やり合うのは確かに得策では無い。

「宜しい様で。でわ、また次の機会に。」

その声より早く二人の姿は消えた。
半蔵がゆっくりと息を吐いた。

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月は綺麗だ。
星も綺麗だ。
全部晴れ晴れだぜ!

美代!帰るぞ!
お雪ちゃんも連れてなあ。

「頭あぁーーーーー!」

全てが終わった。
皆んな生きてる。

また、美味い物食おうぜえー!
ひゃあーいい風に戻ったぜえ!

勇也はそう思って、天狗の居ない夜空を見ていた。


まほろば流麗譚 第二話
天空凧揚げ合戦 完


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