思慕一途柳問答 6

「何だか難しい話になったり、痴話話になったり。」

信幸が笑いながら紫乃に言うと

「まあ、いいじゃありませんか。なんだかんだで仲良
 く話してるんですから。」

「そうだな。こういうのが幸せな店なんだろうな。」

勇也や美代に澪を遠巻きに見ながら夫婦が笑った所に、、、

「すいませ〜ん!これにぃお酒を分けていだたけませ
 んかぁ〜!」

調子っぱずれの素っ頓狂な声が掛かった。
見ると首に厚手の布をグルグルと巻き、頬被りをした小柄な女が立っていた。
髪は結い上げず、後ろに垂らし縛っているようだ。

その女が口の欠けた銚子を差し出してくる。
上に取っ手があり酒を注ぐ為の物だ。

「へい!構いやせんがぁ、そいつじゃあいくらも入り
 ませんがぁ、宜しいんですかい?」

「どのくらい入りますかぁ?」

「まあ、一口、二口呑みゃあ終いでしょう。」

「あらまぁ!それでは流石に少ないかしらぁ。」

「どうです、ここで呑んでいかれちゃあ。」

「そうね!その方が身体も温まりそうですわぁ!
 頂きますぅ。」

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「何だねぇい、この店は随分と賑やかだ事。」

「また、女、、」

呟く美代を澪は見つめた。

「こりゃあ重症だねぇい、、
 勇也!あんたが悪い!」

「何で!俺がよお!?」

「ちゃんと毎晩抱いてやらないからさぁね。」

「ちょ!ちょっと待って下さい!何でそういう話にぃ
 なるんですかあ!?」

美代が顔を真っ赤にして両手をバタつかせる。
勇也は勇也で同じ顔を赤くして狼狽えている。

「そうだぜ!話が飛び過ぎってもんじゃあ、、」

「煩い、甲斐性無しが!
 そういう事が無いから、女が来る度に不安になるん
 だろうがさあ。」

「でへへ、頭は甲斐性無しでぇい!」

周りの人足たちが、また一斉に笑う。

「うるっせぇぞ、オメェら!」

その笑いの中に、先程の女の声が被る。

「うわぁー美味しい!」

女は出された酒を一息に呑んでいた。

「あのぉ、お代わり頂けますかぁ?」

「へい、よ御座んすよ。」

そして出された酒をまた飲み干す。

「ふわぁ〜あったまるぅ〜」

「ありゃあ、随分とイケる口だねぇい。
 しかし妙な女だねぇ、よく来るのかい?」

勇也たちの囲む輪から少し離れた屋台の真ん前で、茶碗に注がれた酒を呑む女。
それを指して澪が尋ねた。

「いやぁあ、初めて見る顔だぜぇい。
 なあ、美代?」

「うん、見た事無いよぉ。」

「あんなフワフワしたお嬢ちゃんが江戸で何をしてる
 ってんだい?」

確かに今の江戸は土木工事の真っ只中。
最近は色んな店も増えてきた。
飯屋の女なんかもいる。
いるが、、

「あんなんでまともに働けるとは思えないんだがねぇ
 い?」

「確かにぃ、飯屋でもひっくり返しちまいそうだ。」

「そんな事言っちゃあ失礼でしょ!」

「でもよ、美代。無理そうだろ?」

「う、、ねぇ、、」

「最近江戸に来たばかりなんですぅ、訳あって。」

「そうですかい?それじゃあ、今後ともご贔屓に。」

信幸が茶碗にまた酒を注ぐ。
女がそれをまた飲み干す。
幾度かそれを繰り返し、女は銭を置いて帰っていった。

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「妙な女だったねぇい。首から上をあんなに隠して。
 誰かに見つからない様にしてるみたいさぁね。」

「寒いからじゃないんですか?」

美代は素直に答えた。

「まあ、そりゃあそうなんだろうけどねぇい。
 何もかも合点がいかないじゃないかい。」

澪はどうにも気になるらしい。

「あーーーーーー!」

そんな中、勇也が突然声を上げた。

「きゃ、何を急に大声出してんのよぉ?」

「美代!あれだ!」

「何よぉ?」

「ほら、あの柳の下出会った男。」

「あっ!えっ?」

「追っ手を巻いて、あの柳の下で落ち合うって女。」

「それが、あの人?
 だから顔を隠してる?」

「それってぇのは、さっきのろくろ首の話に出てきた
 男の事かい?」

「そう!そうに違いねぇぜ!あいつが来たら教えてや
 らなくちゃあよ!なあ、美代!」

「んーホントにそうかなぁ?」

美代には、あの綺麗な顔立ちの佐納流園と、この素っ頓狂な女が命懸けで逃げる絵が浮かばなかった。


つづく

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