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雪風恋情心火華 6

「勇さんは手を空けといてくだせぇ。何かあったらお美代さんを護れる様に。屋台はあっしが引きやす。」

「流園さんだけじゃ荷が重いでしょ。あたしも押すよ。お美代ちゃんは屋台の横に居て。何かあったらすぐに影に隠れられるからさ。」

屋台を広場から下げる段になる。薄っすら積もった雪の中、大八車を動かすのは普段より大変なのだが、二人は笑ってそう言ってくれる。

「大事なお美代ちゃんに傷でもついちゃぁさあ、勇さんが口聞いてくれなくなるよ。」

「そいつぁ困りやさあ。あっしの代になって常連さんが減ったとあっちゃあ、信幸さんに申し訳が立たねぇで御座んす。」

ギュ、ギュと車が雪を噛む。こいつぁ中々に大変なもんだと勇也は思うのだが、美代だけではなく流園や雪の身を考えれば、自分は屋台から少しだけ離れ辺りに気を配った方が良いと思う。少し前なら何言ってやがんでえと迷わず手を出しただろう。

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何度か雪を噛んだ頃、急に雪が風に乗り一斉に屋台に吹き付けた。

「何んだぁ!?旦那、屋台にだけ雪が向かってますぜ。」

中山鉄斎の声に柳生宗矩が屋台へと走る。

「ちょ、ぺっ、ぺっ!美代!皆んな大丈夫かい!」

口に吹き込んだ雪を吐き出しながら勇也が叫ぶ。

「へ、へい!ぺっ!大丈夫で御座んす!」

「何なんだってんだい、急に!ぺっ!」

「二人とも無事だな!美代!美代!」

「勇也ぁ、、身体が屋台にぃ、動けないぃ、、」

「何だ!?おい!美代!」

屋台の周りを少しだけ離れて回っていた勇也が来ると、美代の身体が左の肩口から屋台に張り付いている。

「美代、待ってろよ!」

勇也が身体を剥がそうと力を込めるが、着物だけでなく美代の肌までも貼り付いている様だ。

「痛いっ!勇也ぁ、痛いよ。」

「何だってんだい?どうなってやがる。」

「勇也、よせ。凍り付いている。」

宗矩が勇也の腕を掴む。そしてゆっくりと首を横に振っていた。

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「勇さん、こいつぁ車も凍ってるで御座んすよ。あ!」

屋台の様子を調べにしゃがんでいた流園が立ち上がると、妙なものが見えた。それは雪に違いないのだが、一箇所に渦を巻き細長く集まっている。一見、人影にも見えるそれが、その形を色濃くしながら屋台に近付いてくるのだ。

「何だ、ありゃあ!?」

「勇也、気を抜くな。」

ゆったりと滑る様な塊から、やがてギュ、ギュと音がし始める。雪面に着く方の渦が二つに分かれ、足の動きをしている。更にそこに雪が吹き付け集まっていく。

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「物の怪じゃねぇか、、」

屋台から離れている鉄斎や皆川良源の目にも分かる程に、雪の塊は人の姿、細身で腰を揺らす女の姿に変わっていった。

「鉄斎、良源、そのまま離れていろ!

宗矩の目には、真っ白い肌に唇だけはハッキリと赤い女の顔が映っている。切れ長で釣り上がった目が怖さより妖艶とさえ思える。

「こいつが雪女かよ、鉄っあんの当たりだぜ。」

「だが、何とする。相手は雪の塊だ。おそらくは斬れぬ
であろう。」

「火、火だぜ。流園さん、七輪はどうだい?」

言われた流園が七輪が入った戸を開けようとするが、ピクリともしない。

「駄目で御座んす、これだけ凍り付いてちゃあ、出せたところで火は起きねぇでしょう。」

「そいつが狙いかよ。だから屋台を狙いやがったか。火のある内は出てこねぇ訳だぜ。」

「勇さん、ごめん!あたしがお美代ちゃんに屋台の横になんて言ったから!」

それを聞いた雪が叫ぶ。

「気にすんなよ、お雪ちゃん。美代の事を考えてくれた有り難え事なんだからよ。」

こんな時でも勇也は笑ってみせた。
宗矩はその顔見ながら、次の一手を思案している。


つづく




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