天空凧揚げ合戦 7

「落ち着いたかい、お雪ちゃん?」

中山鉄斎は握り飯を食ったら、すぐそこまで届け物があると出て行った。

「恥ずかしいところを見せたね。

 でも、あたしはさ。

 やっぱり天狗をこの手で。」

握り飯を食った雪の顔色は戻っていた。

「握り飯、美味かったろぉよ?」

「あ、、ああ、美味かった。」

「だろぅ!?美代の握り飯は絶品なんだ!」

勇也は屈託なく笑った。
その顔を見ていると、雪は何だか気持ちが軽くなる錯覚をした。

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「なあ、勇也。
 あんた、天狗退治なんてしてもいいのかい?

 あんな可愛い娘がいてさ、何であたしの頼みを聞い
 て、命賭けようなんてするんだい?」

「そりゃあよ、美代を幸せにするって約束したから
 よ!」

「何言ってんだい?だったら天狗なんざに関わらない
 方がいいんじゃないか?」

「天狗が居たら、いつか美代も襲われるかもしれねえ
 だろ?

 それに俺ぁよ。この江戸で顔馴染みになった連中は
 、皆んな好きなんだぜ。

 戦さも終わったんだからよ、皆んな笑えたっていい
 じゃねぇか。

 悲しい顔、しなくたっていいじゃねぇかよ。」

「だから、天狗を退治するのかい?」

「誰が襲われたって、美代は悲しい顔するぜ。
 そういう女だ、あれは!」

勇也は楽しそうに笑った。
『あれ』なんて言ったのがバレたら、美代に怒鳴られるどころじゃあ済まねぇなあーと。

「ふーん、あんた、ホントにいい男なんだね。」

「そうかい?当たり前なだけよ、俺わ。」

「お美代さんの為に天狗退治に手を貸してくれるって
 訳かい。一途だよ、あんたは。」

「なあ、言った筈だぜ。
 俺は俺が顔馴染みになった奴、皆んなに笑ってても
 らいてぇんだ。

 お雪ちゃん、あんたにもな。」

「えっ!?あたし?」

「ああ!同じ釜の飯、食った仲だろ!?」

ほんの数日前に会ったあたしを、この男は顔馴染みだと言うの?
同じ釜の飯を食った仲って?

「気持ちは分かるつもりだぜ。
 もし美代だったらって思ったらよお。

 でもな、美代なら俺が天狗の血に塗れてたら、スゲ
 ー怒ると思うんだよな。
 化けもんの血に汚れたって嬉しくない!ってよ。

 上手く言えねぇけどな、あんたの兄貴もそう思うん
 じゃねぇかなあ?」

雪は兄の顔を思い出した。
山を駆ける中で足を取られると、すっ飛んで来て雪の心配をしてくれる兄だった。
顔に付いた土を払いながら、怪我は無いか?
痛い所は無いか?と聞いてくる兄の顔を覚えている。

「天狗は落とす!
 空から偉そうに見下してる天狗も、まさか落っこと
 されるとは思っちゃいねぇぜ。

 天狗の鼻を折られるってのは、そりゃあ悔しいだろ
 うぜ!なあ、そう思わねぇかい!?」

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「あーあ、いいトコは皆んな勇さんが持ってくね。」

そこに用を済ませた鉄斎が帰って来た。

「お雪さんよ、そういうこったな。
 勇さんもあんたも侍じゃねぇんだよ。
 殺す殺さないは、刀や槍持ってる連中に任せりゃあ
 いいって事よ。

 俺ら町のもんはよ、俺らの出来る事をすりゃあいい
 んだ!

 だから、あんたには走ってもらいたい。
 デッカい凧を揚げながらなあ。」

いい事言うねぇと思いながら聞いていた勇也が、カクンとコケた。

「凧揚げ、、かい!?」

「おうよ!勇さんにも凧揚げ、やってもらうぜえ!」

「凧揚げで天狗を落とせるのかい?」

雪も重ねて聞く。

「ああ、何とか上手くやれりゃあなあ。
 凧で釣って罠に掛ける。
 それにゃあよ、天狗より早く走るって
 あんたの足が要るのさ、お雪さん。」

この足で天狗を落とせる。
落ちた後どうするかは、今は分からない。
でも落としてはみせる。
雪は身体が熱くなるのを感じていた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n1204bcb49427

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