邂逅罪垢火焔演舞 11

「これが柳生宗矩か、、」

足元を無様に乱した大杉烈行が唇を噛む。
柳生宗矩は微動だにしていない。
では、何に弾かれたのか?
それは宗矩が纏う剣気に違いなかった。

もう少し踏み込んでいたら?
烈行の予想を遥かに超える幾多の手が、命を奪いにきたと思える。

柔軟にして自然体。
護るべきものを持った時に策なぞはいらぬ。
その時に感じた事、身体が反応するに任せるがいい。
本気になった柳生宗矩には、力みも気負いも無い。

それこそが強さ。
想いと願いの為に振うもまた、活人剣。
市井の者たちと交流を深めた男には、更に深めた思想とそれより出る技が生まれていた。

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「あらまあ、あんたの炎は当たらない。
 おまけに親父は勝ち目が無いときた。
 さあ、黄泉に帰るがいいさ。」

かつて、松方澪は他者を見下していた。
それは自らの武に圧倒的な自信を持っていたからだ。
そんな中でも戦いの中で学び間違え、自分自身を強くする己への謙虚さを知った。

あの時、、もしあの土方という男と共になる行く末があったなら、、、

澪は手のつけられない武人となったであろう。

だが、天はそれを許さなかった。
代わりにこの時代に飛ばされ、柳生宗矩という男と情を絡める事となる。

それが何を意味するのか?
今は誰も知らない。
澪自身はそんな事すら覚えてはいない。

だが!
炎に揺らぐ物の怪を見据える澪は、あの時より強い。
僅かに戻りつつある、本来の松方澪。
それは何者にも怯まぬ強さに違いない。

「焼き斬ってやる!」

「ならば早くするがいい。
 あちらは直ぐにケリがつく。」

火車•小絹はチラりと父を見る。

「黙れ!お父は誰よりも強い!」

叫びと共に火車が振るった車輪から炎が伸び
澪を真正面から襲う。

「そうかい。
 なら、先に逝け。」

澪は切先を少し上げ一本の矢の如く、炎の中に突っ込んだ。

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チリチリ、チリチリ。
それが澪の髪の先や着物を焼く音なのか
刀が意識を刺激する音なのかは知らない。

ただ、息が苦しくもならないまま
その刀は炎を真っ二つにしてくれている。

澪が火車の背中側に斬り抜けた時
激しく空気が揺れる耳障りな音が響いた。

炎の車輪のひとつはその腕を連れたまま高く飛び、乾いた土の上にドサりと転がっている。

「ぎゃああぁぁあああーーーーーーー!」

その音に烈行はまた唇を噛んだ。

「役に立たないのも変わらずか。」

「お父ぅ、、痛いよぉ、、」

左腕を失くした小絹の声が烈行に縋る。

「お父ぅ、、助けてよぉ、、」

火車は眉を下げ朧げな顔をしている。
父親なら、そんな娘の傍に駆け寄ろうとするだろう。
宗矩の隙を懸命に捜すだろう。

だが烈行は動かなかった。
動けば自分は死ぬかもしれない。
その思いしかなかったからだ。

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「なるほど、、死して甦らせれ、それでも親の愛情に
 は触れられぬか。」

乱れぬままに宗矩は呟く。

「差し詰、娘は私欲を叶える為の道具なのだな。
 だから物の怪も娘であらねばならぬという事か。」

烈行の息遣いが荒くなっていく。

「人の皮を被った鬼よな。」

「貴様の如き、名門の生まれに何が分かるか!
 草を噛み土を喰らい飢えを恐れ尚、道を求め技を磨
 き光を手にせんとする。
 それの何が悪いか!!」

「鬼は孤独が作るか。」

「何をほざくかあーーーーーーー!!」

「いや、俺もひとつ違えば、こうであったかと思うて 
 な。」

宗矩は唇の端だけで笑った。
澪は油断なく火車を見ていたが
視界の端から宗矩が消える事は無い。

「孤独、、孤独か。
 私にも縁があった気がする。
 が、今が全て。今が生きるという事。

 ふっ、なれば詰まらぬものであろうと
 今の私に孤独は無い。」

町の中に声を掛け、掛けられる者がいる。
格式に捉われず話せる相手がいる。

宗矩と澪が出逢わなかったなら
あのお節介でお調子者の
それでも真っ直ぐな連中に合わなかったら、、

宗矩と澪は真実同じ想いを浮かべていた。


つづく


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