天空凧揚げ合戦 9
「今、俺らは見えてねぇのかあ!?」
「おうよ、勇さん。伊賀忍びの隠れ蓑は、天狗の目も
誤魔化せた。」
勇也と手下たちは馬に乗っていた。
正確には馬を操る侍の後ろにちょこんと座っていた。
その手には少し太い糸があり、皆凧を持っていた。
「この糸にも工夫があってな。」
「分かるぜ、鉄っあん。透けてて見ねぇや。」
「天狗からしたら余裕で大凧を追っかけてたら、急に
後ろに凧が沢山浮き上がってるって事になる。」
「おー!確かに!」
「気を逸らして罠に追い込んでやんのさぁね。」
「しかし鉄ぁんは、頭もいいが顔も広いもんだぜ!こ
のお侍様たちゃあ、友達かい?」
勇也は素直に尋ねる。
鉄斎はちょいと困った様な顔した。
「ああ、鉄斎は友だ。」
答えたのは勇也の前に居る侍だった。
「旦那。」
「本当の事だ。
どの馬にも当家の馬術に優れた者を乗せてある。
お主らを無事に帰してみせる。
それが、友の友への礼よ。」
「スゲェーなあ!熱いお侍様だぜ!
美代が待ってるんだ。
無事に帰ってみせるぜぇい!」
「へーーーーーい。」
周りから仲間の声がするが、皆隠れ蓑の下に居る為だろう。声がくぐもっている。
「やれやれ。旦那ぁ頼みましたぜ。」
「任せよ、鉄斎。二度もしくじりはせぬ。」
ああ、この旦那も負けん気の強いこったあ。
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隠れ蓑。
実際は迷彩の大きな布なのだが、実戦でも役に立つ。馬の鞍から四つの棒を伸ばし、馬の真上をスッポリと隠している。
馬の首だけがニョッキりと外に出ている。
中から外は透けて見えるが、これで夜道を走るのは至難の業であろう。
宗矩が馬術に巧みな者を選りすぐった訳は、そこにある。
天狗は夜目は効くが、あまり細かくは見分けてはいないだろう。
鉄斎は前回の事で、そう読んだ。
でなければ、如何に直前に網を張っても万が一にも上手くはいくまい。
さてそれでも、、、天狗が簡単に雪に追い付ける様なら、弄ばれて雪の身体は結果八つ裂きにされる。
鉄斎は宗矩から聞いた公儀飛脚としての働き具合いと、雪の目を見て賭けてみようと決めていた。
風はゆったりと吹き、薄い雲を絶え間なく流す。
その夜を切る音が聞こえ始めた。
何か大きな物に風が当たる、ブワりとした音がする。
鉄斎が見上げた、その夜空には。
勇也の手下たちがあーだこーだと描きあげた、
大きなギョロ目に舌を出した赤い顔。
天狗を小馬鹿にした絵の凧が
ゆったりと浮かんでいるのが見えた。
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走れ、走れ!
あれだけの大凧なんだ。
侍数人が抱え一緒に走って、やっと浮き上がった。
あたしが足を緩めたら、きっとすぐに落ちる。
「あたしの取り柄はこの足だけ!」
何度も心の中で叫んでいた。
大凧は風に向かい、その全てを風に晒している。
その風に逆らう力は、鍛え抜かれた雪の腹筋に縄の痛みとなって食い込む。
「あたしの取り柄は、この足なんだ!」
痛みに耐え何度目かの心の叫びを上げた時、雪の耳に風を切る新しい音が混じってきた。
「来た、、」
少し肌がピリリとした。
怖くないなんて嘘だ。
でも、今は認めるものか。
これは武者震いってヤツなんだよお!
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「出やがった!勇さん、お雪さんを頼んだぜぇい!」
「行くぞ!」
宗矩が馬の腹を蹴り、手綱を振るう。
それを合図に馬が走り出す。
周りの馬も走り出す。
「よし!揚がりやがれぇい。」
スルスルと小さな凧が風を掴んで浮いていく。
「スゲェなあ、走ってもこの隠れ蓑ってのは飛ばされ
ねぇんだあ。」
「伊賀忍びの意地であろうよ。」
宗矩が律儀に答えてきた。
凧を林の枝に引っ掛けない様に糸を引く勇也は、宗矩が好きになった。
つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n33f9eaee1470