老獪望郷流れ小唄 8
「ひゃああーこりゃあ見事に曲がったもんだ!」
勇也の得物、伸びる鉄の棒がカッチりと直角に曲がっている。正確には曲がってしまったのだが、、
「笑い事じゃねぇぜ、鉄っあん。これじゃあ河童の時
よりひでぇや。」
「確かになあ。岩でも殴りつけにゃあ、こうはなるめ
ぇやなあ。」
曲がった棒をしみじみと見ながら、中山鉄斎は言う。
「で、鉄っあん。今度のは何だい?」
皆川良源が尋ねた。
「あー全く、連中のおかげで物の怪に詳しくなったも
んだぁ。子泣き爺って奴だな。」
「子泣き爺?弱そうな名だなあ!でもよぉ、滅法硬か
った。」
「子泣き爺ってのは、石の物の怪なのさね。」
鉄斎は早速と道具を取り出して、勇也の棒を直しに掛かっていた。
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昨夜、この子泣き爺を思いっ切り引っ叩いた勇也の棒は激しく揺れた。打ち付けた衝撃が痺れとなり跳ね返ってきて、勇也の掌でも握っていられなかった。
対して子泣き爺にはさしたる傷も無く、一際大きく泣いたかと思うとフッと夜の中に溶けて消えていった。
「勇さん、何処ら辺を打ったんだい?」
「あー足の辺になるかぁ。腹を狙ったんだが、ジタバ
タしやがってたからよお。」
「足でこれかい?なら、身体はもっと硬いか。」
「柳生の旦那に知らせねぇとなあ。厄介な相手だぜ、
ありゃあよぉ。」
「それなんだが、勇さんよ。この手紙を柳生屋敷に持
ってっちゃあくんねぇかい。事の次第は書いておい
たからよ。」
「ん?ああ分かったぜ。じゃあ良源先生、無理しちゃ
あ、いけねぇですぜ。」
ずっと腕組みをして黙って立っている良源に声を掛けて、勇也は鉄斎の作業場を出て行った。
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「勇さんは、、鋭いな。職人てのはそういうもんか
い?」
「いやあ、勇さんだからでしょうよ。」
起こした火で鉄を焼く熱が良源の頬を熱くしていく。
「まあ、先生がおいらたちと組んでる理由までは察し
ちゃあいねぇでしょうがね。」
「どうかね、、あいつは俺と似た人間なのかもしれね
ぇぜ。」
「へっ?先生、人は有り様ですぜ。同じ目があったと
したって、、」
「確かになぁ、、勇さんには俺たちみたいな修羅は似
合わねぇや。陽の下がいいな。」
鉄斎は焼いた鉄を打ち始める。
「先生、まあ、、今は幕府のお役に立ってるんですか
ら、昔は昔ですぜ。」
「かねぇ、、命を扱う仕事にゃあ変わらねぇんだがね
え。さて今回はどうするか。」
「お咲さん、命は助かったんでしょう。」
「ああ、その代わり腕の骨が折れた。」
打った鉄を水に浸ける。ジュワぁと熱気が上がり広がっていく。
「気に食わねぇんですね。」
「ああ、気に食わねぇ。もっと早く無理にでも家に帰
すべきだった。俺が甘かった。あんな物の怪がいる
なんざ思わなかった。」
「子泣き爺は相手に取り付いて押し潰すってぇ、今ま
でとは毛色が違いますやな。」
「だとしても、この始末は俺がつけにゃあな。」
鉄斎が手を止め良源に振り返る。
「先生、そいつでやり合うおつもりで?」
良源が襟元に手を添える。
触ったその場所だけ、妙に硬く整っている。
「今までだって、こいつが俺を生かしてくれたんだ。
相手が物の怪だろうが、道連れはこいつだろ。」
「先生、適材適所ですぜ。だからこれまでは物の怪退
治にゃあ出張らなかったんでしょう。」
「まぁな。だがよ、あの子泣き爺をやるのは無理だが
術者ならな。近くにいる筈だろ。」
「そんだけ力を出してるってんなら、いますやね。」
「そいつを狙わせてもらうぜ。」
見つめる鉄斎の目を見返した良源は、不敵にニヤりと笑ってみせた。
鉄斎は市井の者たちには決して見せない、皆川良源の顔を知っている。それは冷たい青い炎の様な落ち着いた雰囲気を醸し出す顔だ。
だが今良源の顔に浮かぶものは、業火の如く赤く燃え上がっている様な気になった。
それは鉄斎の焼く鉄の蒸気に当てられたものではないのだろう。
つづく