朝と夜の境界線

朝が早くなってきた気がするな。
このまま夏に近付けば、夜の散歩の帰りには眩しい朝陽を浴びられるなあ。

別に朝が好きな訳じゃないの。
ただこの時間を自由でいられてるのが好きなの。

飛鳥はそんな風に思って歩いている。
また朝のワイドショーをつけたままで
いつの間にか眠るんだ。

仕事をしていた時には絶対に見られなかった。
その頃は満員電車で潰されかけていたんだ。

でも今はどう?
もう誰かに頭を下げて諂う事なんて無いのよ。
結婚の約束をしたはずの男が離れていって、
私は仕事を辞めた。

その後、少しだけバイトをしたけど、、
男に使われている感じが耐えられなかった。
私は男に利用されるだけの道具じゃないの。

男は私にもっと優しくするべきよ。
私ばかり損をするのは価値がないから?

違うわ!
価値をちゃんと見せられてないだけ!
だからね、ライヴ配信なんておふざけを選んだの。

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でもね、この自由も長く慣れちゃダメよ。
お金を貯めたら店を開こうと思ってるんだぁ。

もう夜に生きるのはたくさん!
ちゃんとするのよ!
陽の光を浴びて、夜は眠るの。

何の店かは、まだ決めてない。
オシャレに関係するのがいいなあ。
でもホントは何でもいいの。
夜でなければ、それでいい。
もう他人に利用されるのも、
思ってもない「愛してる」は嫌!

そんな夢がある。
満ち足りてるはずなの。
なのに、ライヴ終了のボタンを押した後
何かが喉に引っ掛かる。
急に咽せる。

自分の中で蛇みたいな感情がのたうち回って
じっとしてられなくなる。

だから街に散歩に出る癖がついた。
夜と朝の間に。

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「ねえ、こんな時間にどうしたの?
 飲みたりないなら、俺のオススメの店があるけど、
 どう?一緒に行かない?」

ニヤついた男が声を掛けてくる。
あれ?こいつ、、確かホストだ。
TVで見た事がある。

ビジネス論を語っていたのが印象的で、ネットで色々調べたんだ。

で、幻滅した。
悪い噂ばっかりだ。
やっぱこいつも女を道具だと思ってる。
いや!男は皆んなそうなんだ!

その時、私の中の蛇が唸り声を上げた。

「あーそっか。」

初めての衝動だった。
全てが切り離されて、ポカンと白いだけの空間に置き去りにされた様な気がした。
周りには何も無い。
私と目の前の男だけしか見えない。

女の子じゃん、一応ね。
だから持ってたのよね。
護身用に、、、ナイフ。

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あれからひと月くらいかな。
よく覚えてないの。
ひょっとしたら、あの夜は珍しくちゃんと寝て
夢を見たのかもしれない。
記憶は朧げだもの。

でも、これは夢じゃない!
今日のお昼の12時からは
私の顔が渋谷の街頭ビジョンに映し出されるの!

イベント1位だもの、単独よ!
単独で撮影したの!

ここからライヴ配信の枠を捨てて
また登っていく。
また私を好きになる男が増える。
もしかしたら、あの人も、、

今日の朝陽はいつもより綺麗に暖かく感じる。
だから今日は寝不足でも大丈夫!
アラームはかけ忘れちゃダメよ!

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「すいません、失礼します。」

マンションの近くまで来た時、正面からスーツ姿の男が2人歩いてきた。そして声を掛けられた。

何?まさか厄介オタク?
邪魔しないでよ、今いい気分なの!
でも、その男のひとりは何故か私の本名を言った。

私は怖くなって振り返り走り出した。
走り出したつもりなのに、私の後ろにもいつの間にかスーツの男たちがいた。

「何!? やめてよ!」

私は声を出そうとしたけど、喉が渇いて上手く出来なかった。

「証拠も見つかっています。黄色のスプリングコート
 お持ちでしたよね。」

あーあのお気に入りのコート。
何処にやったんだっけ?

「貴女が通り魔殺人犯ですね?」

「えっ?」

私の鼓動急に音を失くした。
そして昔見た映画の様なシーンが浮かんでは消えた。
それは鮮やかな赤に染められている。

「時間。」

「はい。現時刻、午前5時36分。」

「逮捕。」

手首に冷たい感触がする。

「私は、、、」

「話は署で聞く。」

顔を上げると、すぐ側に車が来ている。

「私はね、、、」

「暴れるな!」

押し殺した様な声で言われる。

違うの!私はこれから光り輝く1日を過ごすのよ!
朝陽を浴びて眠い目を擦って、渋谷に行くの!

あー何で!
どうして!
今日からは夜と朝の間じゃなくなる。
朝と夜の間になるのに!

また暗闇に私を戻さないでよ!
私は一生懸命に叫んだつもりでいる。


to be everyday life




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