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剣 10

さてもさてさて

己が出会った者が玉千鳥という殺しを商売にする連中だと知った大沢美好。武士こそは命のやり取りの中に生きる者という思想を刺激されております。
そんな商売があるのなら、戦さ無き世に身を置くべき場所は、、、

意気揚々とする気持ちを抑え、皆川良源の診療所を後にしております。

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(昨夜の話はもう広まっているという。俺の事も知れ渡
 ったか。そうだ、先生は何とおっしゃるだろう?)

ふとそう思い美好の足は、自らも剣術を教える道場へと向かう。旗本屋敷が並ぶ通りを抜けると、市井の町へと繋がる。それを歩き続けて行けば商売をする店が並びはじめる。飯屋、道具屋、呉服屋、芝居小屋に夜には酒を出す店も続く。
美好はこの光景が好きだった。何やら活気というものが感じられた。その熱は本来なら武士が持たねばならない気がするからだ。

そこをさらに抜けると美好の通う道場がある。
とある藩の別邸であるという。つまりは武芸者が大名に認められたという話である。その剣は戦国を生き抜いた息吹を感じられる荒々しさに、無駄な動きをしない巧みさを持っていた。

(この剣を学び、教えた事が、あの咄嗟の動きに繋がっ
 たに違いない。)

屋敷の前に立ち美好は思った。
道場主は神代兵馬という。穿った名は評判を呼ぶ為に付けたのだろう。

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「話は聞いた。」

神代は美好の顔を見るなり言った。やはり噂は広がっているようだ。自分の道場で教える者が人の口に上るのは、神代にとっては良い呼び込みとなるはずだ。
美好は胸を張りたくなったが、わざと謙虚に言う。

「ですが、腕を斬られました。未熟です。」

「ふむ。剣を抜くとは、本来は命の奪い合いとなる。」

「はい。」

「今の世には、その流れは無い。」

「はい。ですがこの剣を学び身に染み付けた故に、生き
 延びられました。」

「そうか。」

神代は少し眉間に皺を寄せた。
美好は何かと思う。

「本来の剣とはな、人を殺す業よ。相手が生きていたな
 らば意味は無い。」

「はっ。」

「確かに己は生き延びた。だが相手も生き延びた。」

「はい、しかし、、」

「では聞くが、お前は相手を斬ったのか?」

美好は黙るしかなかった。

「お前は斬られた。相手を斬ってはいまい。違うか。」

美好は拳を握り締めた。もう少し褒められると意気込んで来たのだ。

「武士や剣の本質とは何か。」

「それは、人を斬る事では。」

神代は頷く。

「では大沢、剣とて世の流れに乗る。
 今の世に本来の剣を呼び戻すには、何が必要か。」

「それは、、」

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兄や医者と同じく神代兵馬にも、手放しで褒められると思っていた大沢美好。ですが、どうにもそうとも言えぬ様子であります。
確かに今の世の中に公明正大な戦さはありません。
あるならば私闘となります。それでも剣を抜いたからには、相手を斬るのが武士。

師が今問うている本来の剣を呼び戻すとは?
美好は頭に雲が掛かる気でおります。


つづく

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