嘆きの珠
ねえ、どうしてこんなに哀しいの
ねえ、どうして幸せは続かないの
お父様、お母様、、
何故、私は普通の親子になれなかったの
我が子を見せたかった、、
いや!見せるものか!
なのに、どうして!
許すものか!
許すものか!
天よ!これ以上、妾から何者をも奪わせぬ!
世に無限の安寧を。
女の失くしていた心が帰った時
夜空にいくつかの星が流れた。
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その明るく照らされた狭い廊下の壁からは無数の般若の顔が浮かび上がり、黒い忍び装束の男にその細く鋭い爪を振り翳していた。
「面妖な!」
忍びの体術を駆使し男は奥にいる浪人風体の者に向かおうとする。
耳には笑い声とも囁き声とも分かりかねる不快な音が付き纏う。
「無駄だ、無駄だ。」
浪人者は嘲笑う。
「この大阪城天守閣、隠し部屋に迷って出たが運の尽きよ。」
この様なものは忍びの技では無い。
忍び装束の男は己が過ちを認めざるを得なかった。
天守閣内部にこれだけの隠し廊下と部屋があるとは。
その上、まさかこの様な化け物が待ち構えていようなどとは、考えてもいなかった。
「今は天下を楽しむがいいさ。だが我らは長くは許さねえ!半蔵、お前の主が悪いのだ!」
恨みか、、
伊賀は徳川に召し抱えられたが、甲賀はそれを許されなかった。
同じく尽力した筈だと嘆く声は、恨みと憎しみを含み膨れ上がる。
「だからだ!」
半蔵はやっと声を上げた。
「その影に隠れた行いを、大殿が知らぬと思うか。」
影、、闇。
甲賀に妖術を使い、呪術を駆使する一党がいる。
半蔵の目が射抜く男、この佐助という忍びは、まさにその妖の一端を向けている。
「影か、んなもんはもう超えた。我らの術はもう人の力を超えた。伊賀者如きは相手にならねえ。」
半蔵の目に天守閣隠し廊下の継ぎ目が見えた。
忍びの目は僅かな差を見逃さない。
そこに目を奪われた横顔を白い着物の般若の細い腕が突いてくる。
「南無三。」
半蔵はぎりぎりまで引き付けて頭を下げる。
般若の爪が壁を抉った。
壁に飾られた明かりとは違う、天守閣内壁の闇があった。
半蔵は迷わずそこに飛び込んでいた。
「あーあ、明かりの色が壁板に映る。その映った光の
具合いの差を見極めやがったか。」
不気味な般若の叫びが上がる。
「いいよ、いいよ。帰って来い。
闇は好きじゃねぇんだ。しかしよ、大急ぎで作り
掛けとくりゃあ、板の厚さも揃いやしねぇ。
こいつは大将に文句を言わにゃあなあ。」
そう言う佐助の背中を白い着物の細身の女が抱き締める。
その顔が鬼でなければ、さぞかし美しい光景であろう。
「まだ六つしか無い妖珠よ。無駄にする気もありゃし
ねぇ。なあ、般若。」
佐助はその鬼の顔を撫でてやった。
「一度、御山に戻るぜ。大将と話さにゃな。
徳川は半蔵の話を聞いて震え上がるぜ。
早く江戸とかってのを壊してやろうや。」
般若の声が艶を纏った様に鳴いた。
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「何と禍々しきものよ。」
辛くも逃げ延びた服部半蔵は呟いた。
身体中に無数の切り傷がある。
「あんな化け物が江戸に来たとしたら、、考えねばな
らぬ。何か策を。」
痛む身体に鞭を打ち、半蔵は疾風の如く駆け出した。
江戸はまだ出来上がってはいない。
それは、壊すには容易いという事と同じである。
つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n53beb8e0e50f