胡瓜畑攻防戦 4
「まあ、身体の作りがしっかりしてるからなあ。
受け身もとった様だし、打撲ってところだ。」
皆川良源は事も無げに言った。
「とは言ったもんの先生、痛くて上手く動けねぇよ。
何日くらいかかるもんだい?」
「二、三日は大人しく寝てろよ、勇也。」
「頑丈だからね、勇也は。」
ここは町医者、皆川良源の住まいだ。
江戸が開ける途中とはいえ、埋め立てやら家屋や城を建てるに怪我は付きもの。
それ故に狭いながらも医者の診療所は必要になる。
良源の住まいは診療所を兼ねており、周りに比べれば広くしっかりと作られていた。
ここに勇也が担ぎ込まれたのは夜も更けた時分だ。
美代が勇也の下に付いている人足たちを叩き起こし、運び込ませた。
「ありがとよ、お美代。あんな事があって怖かったろ
うによお。」
美代はそう言われて、顔を背けた。
実際、勇也の事で怖さを忘れて駆けずり回ったのだが、絶対にバレたくは無い。
「何を言われるか、分かったもんじゃない!」
美代に言わせればこうなのだが、可愛いものだ。
「さて、お美代。俺が動ける様になるまで、傍で看病
しろよな!」
「はあ?付きっきりでぇ?」
「そりゃあ、そうだろ!」
良源はそんな二人のやり取りに笑いを噛みこらした。
「まあ、それがいいな。河童が出る家じゃ、始末が付
くまでは物騒だろう。」
「そりゃあ、そうなんですけど、、」
「しっかり世話してやんな。」
良源は今度は声に出して笑った。
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「先生、邪魔しますよ。」
勇也と美代が痴話喧嘩を始めそうな頃、その男は顔を出した。
中山鉄斎、勇也の友人にして鍛冶屋を生業としている。
「おう、鉄っあん。見舞いかい?」
「まあ、そんな所で。
ほらよ、直しといたぜ。」
鉄斎はあの鉄の棒を勇也の傍らに置いた。
「気の利く嫁さんだねぇ。勇さんを運び込んだ足で、
オイラまで叩き起こしてよぉ。」
美代が済まなそうに顔を伏せ詫びる。
「へっ!いいって事よ。それより何を殴り付けたら、
あんなにひん曲がるもんだい?こいつはそこそこ硬
く出来てんだぜ?」
「河童だとさ、鉄っあん。」
「河童?そうかい、お美代ちゃんが口走ってたのは
本当だって事かい?」
「そんなに曲がってやがったか?」
勇也が身体を起こそうとして顔を歪める。
美代はサッと背中に手を回し、ゆっくりと支える。
それで何とか半身を起こす事が出来た。
「無理しなさんなよ。しかし河童ってのは、そんなに
硬いときたかあ。」
「鉄っあん、知恵貸してくれや。」
「何だい、勇さん?」
「あの河童退治すんだよ。」
「本気かよ?吹っ飛ばされたんだろ?」
「だからよ!あんなんが居たんじゃ、お美代は帰させ
らんねえ。それによ、皆んなが住んでるトコまで来
ちまったら、それこそよ、、」
「ただじゃ済まねぇわなあ。」
「胡瓜一本で弱ってたとして、この様だ。五本喰われ
て暴れ回られたとしたら。」
「ホントに弱ってたのかい?」
「それはあたしも見ました。何て言うか、、身体が透
けてたんです。」
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それまで黙って聞いていた良源が呟く。
「透けていたかぁ、、つまりは、そういう事か。」
「やれやれ、こいつは胡瓜を喰う前に仕留めにゃあな
らねぇって事ですかねぇ。」
「だなあ。」
「えっ?お二人共、河童に詳しいんですか?」
美代がキョトンとした顔をした。
「詳しい訳じゃねぇが、放っとけはしねえ話だなあ。
そうだろ、鉄っあん。」
「でさぁねえ。河童と来た日にゃあね。」
皆川良源と中山鉄斎は目を合わせ、頷いた。
つづく
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