天空凧揚げ合戦 10
雪の左から風が煽る。
天狗は少し後ろから、ゆったりと団扇を振り風を送ってくる。
団扇を振りその身体をクルリと回し、次に右に跳ね同じ事を繰り返す。
「馬鹿にしやがって、、雪の積もった山を走ってきた
あたしが、こんなもんで転ぶもんかあ!」
天狗が少し距離を詰めてきた。
雪が蹌踉けないのが面白くないのだろう。
なら団扇を強く振ればいい。
やはり飛びながら強い風を起こすには、様々都合があるのだ。
それでも雪には風が強くなったと感じた。
兄貴!お兄ちゃん!待ってよお!
上手く走れないよお!
「足の裏、全部で雪を噛むんだ!
そうしたら滑らずに走れる!
しっかり自分の身体の重さを、雪の下にある土にま
で乗せるんだあ。」
お兄ちゃん!こう?
あっ!こうだ!
こうだ、こうだあ!
「兄貴ぃ、、あたしは一人じゃないんだ。
兄貴が走る事を教えてくれたんだ。
二人掛かりで天狗なんかに負けるかあ!」
雪の足の指は大地を噛んで、揺るがずにその身体を空に跳ばしてくれる。
天狗が少し後ろに下がっていった。
違う!雪の速さが勢いを更に増したのだ。
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「奴さん、頭から湯気が出る頃かい!
お雪さんが危ねえな。
何とか出口まで保ってくれよおー!
勇さん!」
天狗は苛立った様に背中の羽をバタつかせた。
雪を揶揄うのを止め、もう仕留めようというのだろう。
「冗談じゃねぇや!
お侍さんよぉ!天狗に追い付いてくんねぇかあ!」
「後ろから煽る算段であろう。」
「まだ野郎が俺らの凧に気付いてねえ!
俺の凧で突いてやらあ!」
「さすれば、貴様を狙ってくるぞ。」
「んなこたあ、そん時に考えりゃあいいぜ!」
「フッ、相分かった!」
宗矩は馬の腹を更に蹴った。
勇也が糸を巧みに操る。
上下に動かし風音を起こす。
天狗が振り向いた。
小首を傾げている。
「テメェは余裕かましてるから、気付かねぇんだ!」
糸を緩め凧を高くしてから、力の限り引く。
小首を傾げた天狗の頭が、コツンと凧に殴られた。
「クワァアァーーーーー!!」
天狗の怒声に似た叫びが上がる。
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「何よ、掛かってくるの!?」
雪がその叫びを聞いて身体を震わせると、馬の足音と勇也の声が追いかけてきた。
「もうちょいだ!走れ、お雪ちゃん!」
「勇也!」
「天狗の頭に、あんたの代わりに一発入れてやったぜ
ぇい!走れー!」
この男は、、
雪は何とも言えない気持ちになった。
「お侍さん、来た!来た!俺らに来たぜ!
殴られて頭に来たんだなあ。」
「ならば、少し緩める。」
宗矩が馬の速度を少し落とす。
雪が瞬く間に先に行く。
「頑張れよおーお雪ちゃーん!いい走りっぷりだ!」
「さて、どうする。」
馬の横に風が来る。
「うおー!危ねえ!
よしもう一発小突いてやるかあ!」
「それでどうにかなるとは思えんな。」
「あ、、そりゃあ、そうだけどよお。
うわー!」
更に風が襲う。
凧も揺れる。
勇也が糸を引く。
天狗が執拗に狙ってくる。
その天狗の目に凧が刺さる。
「グワアアアァーーーーー!!」
「やったぜぇい、頭あ!
狙うなら柔いトコでさぁよおー!」
「お前ら、追い付いて来やがったかあ!」
勇也が高らかに笑う。
その目に十数の凧が映る。
狭い林道は馬が並走して、やっとの幅だ。
「殿、遅くなり申した。」
「うむ。見事な手綱捌きよ。」
「子供の頃から凧揚げは得意なんでえ!」
「見事!よくやった!」
「頭あ、お侍に褒められたでえ!」
「留、酒の肴にしようぜぇい!」
「へーい!
あ、あらぁー!」
並走する馬が大きく揺れた。
天狗が刺さった目から凧を抜き取り握り締めている。
「留!糸離せ!」
「へ、へーい!」
馬から落ちたら殺される。
良い判断だ。
宗矩も、この勇也という男を認め始めていた。
夜空には天狗と、大凧含めて様々な凧が浮かんでいる。
つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n4bf85edabd5d