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三忍道中膝転げ 10
服部半蔵の目は天守閣の上で青く燃える火を見た。
あの青い火は燐だ。燐を使う者には心当たりがある。
甲賀忍び・猿飛佐助に違いない。佐助とは幾度もやり合ってきた。あの関ヶ原の影にも暗闘は有るのだ。
大戦さは一日で片が付いた。が、そこまでには忍びの働きがある。あの御披露目の様な戦さなぞ、比にもならぬ程の。力尽きた者は、侍より忍びの方が多いのではないか。
そう思えばこそ、半蔵の身体には力が漲った。
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「この珠は使い手を選ぶ。強い願い。叶わぬと思う願いにこそ応える。其方が秀頼殿を取り返すなどとは、夢のまた夢。願えども叶う謂れ無し。」
茂平は淀殿の手にある朱い珠を見やっている。
それがどれ程に恐ろしい物かを知っている。
知っていて、茂平は目を逸らせずにいた。
「其方は血が繋がっている。叶わぬ願いもある。この珠の使い道を知らねばならぬ。天下を取り戻すには、珠を使う者たちの力が要る。この九つの珠、全ての。」
「九つ、、」
「そうじゃ、朱い輪は我の身体に入り込み、我が肉より九つに割れて飛び、そして天より降り注いだ。其方の孫はそのひとつを拾うたのじゃ。一番大きな珠、我自身の願いを強く宿した珠を。」
「珠に選ばれた、だと、、」
「そうじゃあ、秀頼殿と同じ背格好、齢、滲み出る気品は、まさに我の願い。」
「九つの珠、叶わぬ願い、、九つもの、、」
「今はまだ七つなれど、いづれすぐ見付かるわ。その珠を捜す為にも、其方の様な血の繋がる強き者は好都合というもの。さあ、この珠を手に取り願いなされませ!」
茂平は虚ろな目で珠に手を伸ばそうとした。すると朱い珠は僅かに輝きを放つ。その光は決して明るいものではない。誘う様なねっとりとした息吹である。
「この珠があれば、、死んだ秀頼様さえ蘇った、、」
「黙れ!秀頼殿は死んでなどおらぬ!」
淀の目を見開いた怒声が強き風となって吹き荒れた。
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「ええい!ここまでじゃわい!」
事の成り行きを見ていた兵衛門が、ついに堰を切った。
茂平から話には聞いていた。朱い珠が茂平の孫の身体に入り込み、孫だった子は秀頼になったと。だが、如何にそうであろうとは信じてみても、霞の如く捉えられずにいた。
しかし自身がこの場に立ち合い、溢れ出す様な霞に触れてみれば、否応もなく分かるしかなかった。この場に漂う気色の悪い空気。これは味わった事の無い寒気を呼ぶ。風は骨をも凍らせる様に冷たく、来てはならぬ場にいると本能で知れた。これは、この世のものではない。妖気ともいう悍ましさだ。
だから兵衛門は懐から爆竹玉を取り出し、床に叩きつけたのだ。バチバチと弾ける火薬の音と匂いが、茂平の目を現世へと戻していた。
「兵衛門。」
「逃げるぞい!」
淀がのけ反っている。今が好機だ。
五助が珍しく機転を効かし、広間の襖を開け放った。
茂平・兵衛門・五助の三人は一目散に広間を後にした。
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「ええぃ!信繁!信繁は居らぬのか!」
「はつ!」
真田信繁が奥より走り出て来る。
「あの忍びを捕らえよ!やはり珠は光った。あれは使える、逃してはならぬ!」
「はつ!」
奥の襖の影に居た信繁にも分かっていた。身体がぐっしょりと汗をかいている。かつての戦さにて死を覚悟した時の冷たさ。そんなものが信繁の全てを包んでいた。あの珠は使い手を選ぶ。あの珠には力が有る。
が、それはこの世ならざる力だ!有ってはならぬ物だ!その思いを抱えはしても、今は追うしかない。
信繁の傍に居た佐助は既に動いているようだ。
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「何処から出られんもんかの!?」
「さっきの梯子は何処じゃったか!」
「ここは細かく入り組んでいる。同じ壁なのも場所を分かりづらくする為だ。」
廊下に駆け出した三人は走った。外に出ねばとは思うが、何処をどう動いているやも分かりはしない。
「考えるんじゃ!きっといい手が有る筈だわい!」
「考えるったっての、、何をどうやってじゃあ?」
走りに走り、何度も角を曲がり、広間からは離れている筈。だがそれだって、あくまで勘に過ぎない。
「はあ、はあ、、なあ、一休みして考えんかの。」
息を切らした五助が言うのに、兵衛門が噛み付く。
「馬鹿者!そんな場合かあ!休んだが最後、ずぅーっと休んで息もせん様になるわい!」
「とは言え、一旦止まろう。何か見つけ出さねば埒があかない。」
茂平のその言葉に三人はようやく足を止めた。
つづく