邂逅罪垢火焔演舞 7
「邪魔するよ。」
勇也と鉄斎が笑いあった時、松方澪が入ってきた。
「姉さん、、やっぱりねえ。」
鉄斎が澪の顔を見て言う。
「何が、やっぱりなんだい。」
澪は気怠そうに空いてるトコに腰を下ろした。
「まだシンドそうだなぁ。
無理すんなよ。」
「ああ?、、あんたには助けられたんだってねぇ。
礼を言った方がいいかね。」
勇也の掛けた言葉にも、いつもの澪の張りがない。
「そんなもんは要らねぇよ。
礼を言うってんなら、こっちだろうよ。」
「はあ?何の礼だい。」
澪が額に掛かる髪を苛立つ様に手でかき上げる。
相変わらず黒く豊かな髪を、無造作に後ろでひとつに縛っている。
「あんたたちが町を護ってくれてるから、俺は美代や
仲間と楽しくやれてる。」
澪の動きが止まる。
その澪に鉄斎が声を掛ける。
「どうしても、自分で殺りたいんで?」
澪は手を止め頭を抑えたまま答える。
「あの物の怪の顔は、あたしが殺した女の顔。
化け物になってまで恨みを晴らしたいってなら、同
じ化け物んのあたしが殺らなきゃさぁ、、ね。」
「姉さん、まだそんな事を言いなさるんで?」
「あたしは自分が何処の生まれか、どんな風に暮らし
てかも分からない。
ただ名前と刀の使い方だけを知っていた。
そんなもんはさ、江戸に出てくる物の怪と一緒じゃ
ないか。関わる度に思ってたのさ。
空っぽで殺す事しか出来やしない。
だったらあたしが殺るのが似合いってもんさ。」
澪は珍しく眉を歪めて吐く様に言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あーあ、ホント今回は暗れぇよなあ!」
そんな張り詰めた空気を勇也が破った。
「ああ?あんたみたいには生きらんないんだよ。」
苛立ちを含んだ澪の声が返す。
「変わらねぇよ。変わらねぇじゃねえか。
ろくろ首の時に、あんた美代に言ったじゃねぇか。
あー、、何だぁ、、惚れた弱みってよお。」
勇也が少し照れた様に言う。
「はっ、、」
澪か虚をつかれた顔をする。
「あんだかんだ理屈なんて、どーにだってつけられん
だよ。
あんたと旦那が好き合って、旦那の仕事を助けてる
でいいじゃねぇか!」
「そいつはぁ、、虫が良過ぎないかい、、」
「それだっていいじゃねぇか、嘘じゃねぇんだ!
世の中には色んな奴が居ていいんだぜ!
色んな事情があるもんなんだ。
何もわざわざ暗い話にする事なんざねぇよ。
あんたが化け物と一緒?
笑わせんなよな。」
「何故、そう言う、、?」
「化け物の言葉は、ウチの美代には届かねえ。」
顔を苦痛に歪めていた澪の脳裏に、ろくろ首を殴りつけた美代の姿が浮かんだ。
自分の男だって胸を張って言いな。
澪は美代にそう言った。
そして美代はあの局面で胸を張って言った。
化け物の言葉は届かない。
確かに美代という女は、そうだろうと思えた。
「化け物くらい強いってんなら、納得すんぜ。」
澪の顔を見ながら勇也が笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やれやれ、おいしい所はいつも勇さんだ。」
難しい顔だった鉄斎も釣られて笑う。
「姉さん、人は変わるし変われるもんですぜ。
昔が分からなくても、江戸の松方澪は生きてまさぁ
な。
武器がいるんでしょう?」
澪が顔を上げた。
「そうだねぇ。
今度ばかりは脇差しって訳にはいかないねぇ。」
鉄斎は作業場の隅に立て掛けていた刀を指した。
「こいつはまだ仕上がっちゃあいねぇんだが、刀とし
てなら使える。
ただ厚身で重い。もうひとからくりあるんですがぁ
、、そいつはまだ使えねえ。」
澪はその刀を見た。
少し頭が揺らいだ様になる。
それを気力を絞って振り払った。
「厚くて重い。
あの物の怪を斬るにはお誂え向きじゃあないか。」
唇の端を上げて澪がニヤりと笑った。
その顔には松方澪、本来の力が戻っていた。
つづく