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【PT6】闇に灯る陽の光

夜の町に光が生まれた。
銀座木挽町大倉組商会前。高さ五丈(役15m)、ローソク四千本分の明るさの電柱が街路に設置された。
連日連夜、人々はこの夜を昼に変えてしまう灯りの見物に訪れたという。

松方幸もその灯りを見る群衆の中にいた。
まだ幼き頃は刀を腰に差す者たちが、人斬りをしていた。それが終わり明治となり、年を重ねる毎に暮らしが変わっていった。その変わりゆく事が幸には嬉しい。

まだ三つを過ぎた頃だと聞く。
幸は時々、不可思議な言動をしていたという。
達観した翁の様に冷めた事を呟き、女剣士と共に出歩いていたらしい。

幸自身はその事を朧げながら覚えている。
朧げとはいうが、それは断片的な風景が浮かぶだけであり、筋道の通った記憶として残っている訳ではない。

ただ隣にはスラリとした女剣士が立っていた気がする。
その人はあまりにも華麗に舞い刀を振るう。
その行為自体はとても怖いのに、何故か自分を見つめる優しい目ばかりが浮かぶ。

今はそれさえ、本当にあった事なのか?
思い出す度に全ては陽炎の様に揺れていた。

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やがて辺りが暗闇に包まれ始めた。

「お嬢様、そろそろで御座いますかね。」

幸はこの乳母である女人と共に江戸、今でいう東京へと移って来ていた。会津藩の者は複雑な立場にあったが、幸の生家は早くに取り潰しとなっていた。幕府方であった事から江戸の伝手を頼り逃れ、今は読み書きを教えている。

「話に聞く程に明るいのでしょう?」

「まるで昼間の様だと言いますね。」

「そんな事が起きる世の中になったのですね。」

「お嬢様?」

「幼き頃から、、こんなにも豊かに変わるなんて。」

多くの人が死んでいった。その流した血の中には、幸の知る者たちもいた。いたはずなのだが、、しかと思い出せはしない。

ただ、その流した血が無駄ではなかったのだと、世の中が豊かになればなるほど強く思う事は出来る。
その感謝の念は、鎮魂の祈りになると思えた。

あの人は生きているのだろうか?
何処で別れたのだろうか?
あの優しい眼差しは、、やはり私の夢幻であったのだろうか?

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不意に世の中が光に溢れた。
街灯に灯りが灯ったのだ。

「わあぁ、、」

朝はゆっくりと陽が昇る。
ゆったりと辺りが明るくなっていく。
だが、この灯りは突然に闇夜を昼日中へと変えてしまう。

幸はその光に眩暈を覚えていた。自身の身体がフワリと浮き上がり上も下も分からなくなる様な、そんな不思議な感覚が刹那に襲ってきた。

「お嬢様、大丈夫で御座いますか?」

乳母の手が身体に触るのが分かった。その熱や感触が幸の意識を引き留め、引き戻してくれる。

「ごめんなさい、驚いてしまって。もう大丈夫です。」

どうも自分は腰が砕けてしまい、へなへなと座り込んでいった様だ。もう齢二十をひとつも超えたというのに、情け無いと恥ずかしくなる。

乳母の手を縋りながらゆらゆらと立ち上がりながら、頬を赤く染めた顔を上げた時、幸は懐かしいと思う顔を見た。


Fin


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