邂逅罪垢火焔演舞 2

澪は痛む頭に意識を失った。
最後に雷が鳴るのを聞いた気がした。
次に見たものは皆川良源のホッとした様な顔だった。

「気が付いたか、良かった。」

「良源先生、、あたしはどうなっちまったんだい?」

「宗矩殿と勇也がここに担ぎ込んで来た。
 少し火傷はあったが、、それとは関わらず頭の痛み
 で倒れたようだ。」

「ああ、何だってんだろうね。
 ここんとこはめっきり無かったのにさ。」

「この症状は宗矩殿があんたを連れて来た頃以来にな
 るかね。

 何があったんだい。」

「何がって、、あたしにも分からないよ、、」

「あんたは松方澪という名前と、宗矩殿が話す所の剣
 技の閃きだけを覚えていた。

 逆を言えば、他は何も覚えていない。」

「、、ここの暮らしにもやっと慣れたってのさぁ。」

「うむ。最初の頃もそうだったなぁ。
 その忘れている事に触れようとすると、激しい頭痛
 に苦しんだ。」

澪は虚空を見つめた。
ならば、、あの男•大杉烈行が言った事は、小絹を斬った事だけでは無く、、あたしの忘れている事にも関わりがある。

そんな事だってのかい?

「今度の物の怪からは手を引いた方が良いな。」

皆川良源にはそれが分かっているのかもしれない。 

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「寝る時、狭いんでぇ!
 こいつの寝返りで、足が腹に落ちる。」

信幸の屋台で酒に酔った留が喚いている。

「だから、直してんだろ!
 もう少し待てや、留。」

「早く出来ねぇかなあー!
 てやんでえ!」

冬が過ぎようとしている。
ろくろ首の一件からしばしの時が過ぎた頃、江戸には不審火が見え出した。

人気の少ない場所で、まるで腕試しの様に少しずつ起きる火に、柳生宗矩率いる隠れ人と呼ばれる者たちは物の怪を疑い調べを進めていた。

そして昨夜、ついにその姿に邂逅したのだ。

「此度も助けられたな、勇也。」

「澪さん、大丈夫かい、旦那?」

「良源先生に預けたのだ。
 大丈夫に違いない。」

屋台の端では馴染みのない着流しの浪人風体の男が、勇也と話している。

柳生宗矩である。

この男が身形を変えてまで姿を現している。
それが事の重さを表している。

「また巻き込んでしまった。

 が、今回は関わるな。」

「ああ。関わらねえ。
 あの物の怪は今までとは違う。
 俺みたいな者がどうこう出来るとは思えねえ。」

「身勝手な事を言って済まぬ。」

「良いって事よ。
 あんたは俺たちを心配してくれてんだろ?

 ただな、火に巻かれる町の連中は助けるぜ。」

「だろうな。お前はそういう男だ。
 あの物の怪は俺が斬ってみせる。」

宗矩の言葉の響きに、勇也は酒を差し出した。

「訳有りなのは分かった。
 ただよぉ、思い詰めるのは良くねぇや。

 お侍は俺たちとは違うんだろうがよ、頭が硬くなる
 と妙案が浮かばねぇ気がするぜ。」

「妙案か、、鉄斎の出番だな。」

「鉄っあんは確かに頭が柔らけぇや。
 ただ今回はその都度、柔らかさがいるんじゃねぇか
 なあ。

 あんなもんにまともな考えは通じねぇや。」

宗矩は酒をグィと飲み、勇也の顔を見た。

「お前、男振りが上がったな。」

「はあ?
 いや、生意気なだけだぜ。
 お侍にこんな口を叩いてんだからよぉ。」

「いや、お前も俺の友だと思う。
 構わない。」

宗矩は不器用な男だ。
あまり飾った事は言えない。
思った事を真っ直ぐに言う。

「そうかい、じゃあ遠慮なく。

 なあ、死ぬなよ。」

宗矩はまた相手の言葉を真っ直ぐに受ける。
だから勇也と馬が合うのだろう。

「有り難い。」

今また勇也から、同じく守りたい者がいる男の気持ちを感じていた。

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「なあ、太助!
 おめえ、何で屋根に上がったんだあ?」

「怖くなかったのかよおー」

勇也の人足の輪に、あの日半纏を振り回した男•太助がいる。

「お、俺の田舎でわぁ、、
 火事の家を見つけたらぁ、ああやって知らせてたん
 だぁ。

 火を消せなかったら、壊さにゃあなんねぇから、人
 を集める様にしてたんだぁ。」

果敢な行動に合わず、おどおどと話している。


つづく 

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