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剣 16

さてもさてさて

ここだけの話、大沢美好は実は泣きそうだったのです。
虚勢を張り肩を怒らせた以上、引くに引けない。
ただそれだけを困っていたのです。

辻斬りの真似事さえ実は真似事に過ぎず。もしあの場に玉千鳥が現れなくとも、美好には人は斬れなかった事でしょう。酔って正気の無い者に唾を吐き掛けるのが関の山だったのです。

(実際の戦さ場は、怖かったんだなあ。)

美好があの夜に心底思った事でありました。

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(さて、どうしよう?)

ひとしきり笑ってから美好は考えた。何と言っても今夜なのだ。行かなければ父や兄が狙われるに違いない。
この事だけは変わらぬのだ。今夜だけは行くしか無い。

晴れた顔がまた曇ってくる。

(どうにかせねば、、、)

美好は考えあぐねながら大通りを歩いていく。
要は後腐れを無くさねばならない。そこまで思った時に、ふと頭に浮かび上がる事があった。

(ん?、、そう考えれば、、そうか。)

そこから美好は足に力を込めた。通りの賑わいはすぐに遠ざかっていった。

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「これは、これは、どうぞこちらへ。その後、傷の具合
 は如何ですかな?」

出迎えた皆川良源は、ほんの一瞬だけ妙な顔をした。だがそれも瞬く間に過ぎず、すぐに愛想の良い医者の顔になっていた。

「ほう、体力がお有りになりますな。既に傷も塞がって
 おります。」

「それは良かった。それはそうと先生、ちと尋ねたい事
 があります。」

「何で御座いましょうか。」

「玉千鳥というものについて、少し伺いたく。」

「、、玉千鳥ですか?」

「はい、連中は徒党を組んでいるものなのだろうか?」

「つまり、組みたいなものがあるか?と。」

美好は頷いてみせる。

「また妙な事を気になさりますなあ。」

「先だって見た男が、逆に斬られていたらどうなるのか
 と思いまして。」

皆川良源は今度は確かに妙な顔つきをした。

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「あくまで町の噂程度しか知らないのですが、、そんな
 に大きな組では動いていない様で御座いますよ。数
 人が良い所なんでしょうよ。」

「ふむ。で、返り討ちにあったのならば?」

「さてぇ、そこまで詳しくは、、」

「恨みを晴らす商売というならば、頼んだ者がいるのだ
 ろう?」

「はあ、、そりゃあ、まあそうでしょうなあ。」

「その者は、また別の商売をしている者を探すのはだろ
 うか?」

「随分と御熱心ですなあ。」

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この時、この皆川良源という医者が違う顔と目を覗かせた様な気がいたします。

果たして大沢美好は、それに気付いているのでしょうか。それでも己が知りたい事を諦めぬ様は、やはり中々に朴訥なものです。この素朴さが、美好の先の命運を何処へと運んで行くのでしょうか。


つづく

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