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剣 9
さてもさてさて
謎の刺客と出会った大沢美好は、その男の言葉に心を奪われております。
戦さが無くなり久しい今の世に、武を持って商売とする者がいる。その中に身を置けば、武士としての本来の生き方が出来るのかもしれない。
相手が自分を殺さずに仲間に誘ってきたのは、あの土壇場でも上手く立ち振る舞えたに違いない。
そんな思いが、これまでの己の努力が報われたという感触を持ち上げるのは無理もない事かもしれません。
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「これはあ、、随分と深く斬られましたな。」
美好の右腕を診る皆川良源は、そう言った。
「お恥ずかしい話です。」
「いやいや、この程度で済んだ。あぁ、命を取られずに
済んだというのが、大切です。」
「どういう事ですか。」
「こういう話は出廻るのが早い。私が聞いた話を纏めて
みると、相手は玉千鳥でしょう。」
美好には何の事かが分からなかった。
玉千鳥とは何の事か。
その顔を見ていた良源が言葉を続けた。
「玉千鳥というのは、殺し屋の事ですよ。金を貰って恨
みを晴らす商売をする者ですな。」
玉は命、千は血、それを取るから玉千鳥というらしい。
その商売を見た者は必ず殺すのが掟だという。
だから皆川良源は命が取られなかった事が大切だというのだった。
「その様な商売があるのですか。」
「御武家様は知らないかもしれませんな。私は医者です
から市井の者とも関わる事が多いもので。」
「市井の者たちはよく知る話なのですか。」
「いや、噂みたいなものですか。ただ、皆を苦しめる憎
まれ者が、奇妙な手口で殺される事はあります。で
すから、人の口には上る機会は多いようで。」
「なるほど、玉千鳥か、、」
美好は凡その話を理解した。昨夜殺された侍も何か悪どい真似で人々を苦しめていたのだろう。
流れた涙の数だけ恨みが募るという事なのだろう。
「ですから、玉千鳥に狙われて生き残るという事は只事
では無いのですよ。御武家様の中でも、一際腕がお
立ちになる。」
「何と。」
「私が言うのも無礼でしょうが、昨今の御武家様の怪我
のしようが、やはり変わりました。ひと昔前の武士
ならばなさらぬような傷。それは剣に振り回されて
いるという事でしょうな。」
皆川良源はそう言うと、ニコりと笑う。
老人とは言わぬが、その顔から美好の父たちの時代を生きた者だとは思えた。
ならば、戦さがあった頃を知っているのかもしれない。
そんな者からの言葉は、深く心に響いてくる気がした。
膏薬を貼りしっかりと縛られた右腕が、何やら誇り高く感じてくるものだった。
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俺はやはり他の武士とは違う。
今までの努力。
己の武士としての気概。
何ひとつ間違ってはいなかった。
そんな気持ちが大沢美好の中で、より一層明確なものとなっていきました。武士たる者、命のやり取りの中にいるが正しい。
昨日までは眉唾な戯言であったかもしれない。
だが、今はそれが大沢美好の確固たる生き様となろうとしておりました。
つづく