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剣 5

さてもさてさて

己の不平不満を棚に上げ、世の為などと戯言を宣い、挙げ句選んだ手段が辻斬りという大沢美好。
闇に紛れた所までは守備良くいきましたが、斬ろうとした相手は今、目の前に血を噴き上げながら倒れております。

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「見たな。」

ゾッとする程に冷たい声が、闇の何処からか美好の耳に届く。添えていた手はビクりとした動悸に任せ、意図せず腰の剣を抜き放っていた。

「誰だ、、いや、何処だ、、?」

闇の中からは息遣いさえ聞こえてこない。そのくせ美好に投げ掛ける声だけは真っ直ぐと届いてくる。

「ほう、近頃の侍にしちゃあ腰が入ってるじゃねぇか
 い。はあぁん、頰被り、、辻斬りか。」

「何だと、無礼者が。」

美好は精一杯に強がってみせるが、喉の奥がへばり付く。こちらの事を見通されたと思えば負けた気にもなるが、ならばこそ自分も相手を見逃す訳にはいかぬという事にもなる。

「貴様こそ、殺しを見られたぞ。大人しく出てきたら
 どうだ。」

闇の中から失笑が返ってくる。

「要らぬ話だ。殺すだけよ。」

(馬鹿な事を!俺を殺すだと!こいつは何を言ってい
 るのだ!)

美好は心底思ったが、背筋には冷たいものが走る。
薄暗闇に見た影は腰に刀を携えてはいなかった。ならば武士ではない。武士でない者が、何故に武士たる自分を殺すと言えるのか。
人を殺す者を武士というのだ。その武を操るからこその強さだ。何人に容易く破れる訳がない。

それでも美好の背に走る寒気は止まなかった。
やがて思い当たる。そうか!今此奴が殺した男は武士であったからか、、確かに腰には二本の刀が差してあった。武士が目の前で、武士ならざる者に殺されたからか。

「ほう。」

闇が嘲笑った気がする。美好は激しく頭の中を動かしながら、抜いた剣を身体に沿うように縦に近付けた。
相手は何処にいるか分からない。何処から仕掛けてくるのかが分からない。
ならば初手は防ぐしかない。斬るにしても薙ぐにしても、そこからしかいかぬ。

(賢いか、、いや未熟故か。)

そう思うも仕方がない。実際に人を斬った事は無い。勘が働かない。型は身体に染み込んでいるはずだが、
それを動くきっかけが分からない。

(焦る、、焦ってはならぬ。)

己に言い聞かせる。奴も言ったではないか。昨今の武士は真剣を扱えぬ者が多い。自らもそう憤ってきたではないか。だからこの侍は死んだ。殺されたのだ。

(自分は違う!)

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ここに至って美好の戯言は、自らを奮い立たせる事に一役買う事となりました。自分の命は誰でもが惜しい。ならば強き者はどう自分を鼓舞するのか?
図らずもその点において大沢美好は、この土壇場で当たりを引いたと言えるのでありましょう。


つづく




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