邂逅罪垢火焔演舞 8
腹が減った。
まだ小さい娘は食い盛りだ。
だが、思う様に食わせてはやれない。
季節も寒さを纏ってきた。
今はまだ山の実りが飢えを凌がせてくれる。
もう少し経って冬が来たなら、、
「お父ぅ、腹が空いた!」
娘は無邪気に言う。
「栗を集めるか。」
「うん!」
娘は答えると駆け出した。
身軽に木に登る娘を見ながら、忍びにでもなってくれたら、、大杉烈行は苦々しく思う。
己ひとりでも食うや食わずなのだ。
忍びとして武家にでも雇われたなら、それでも今よりはマシになる。
それが叶わぬなら、もう少し大きくなったら、、
女の商売をさせるか。
実の娘•小絹を見ながら思う。
武術指南なぞと言っても、雇われた家が戦さに負ければ流浪の身だ。
確実性は何も無い。
ならば、、娘とて女であると考える。
だが!
己の磨いた技には未練が残る。
何の為に厳しく身を割いてきたのだ。
だからか、、忍びになってくれればなぞと思うのは。
烈行はまた苦々しく、しかし今度は笑った。
冬になったら、また人を斬ろう。
懐の金をいただくのだ。
生きる為だ。天も許してくれよう。
人が斬れる。
それは己が武芸者であると忘れずに済む、唯一の方便でもあったのだ。
その冬に大杉烈行はある男•秋月草太に人斬りを見られる事となる。
それが寒さと僅かながらも腹を満たす道へとなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まったく!山深いにも程があらぁなあ。」
秋月草太は山道を登っていく。
ここは久土山。
正確には高野山への通り道になる。
山とはいうが、その実は峰に囲まれた盆地である。
ならばわざわざ山の中にいるなよ!
草太は何度も悪態を吐いた。
自分を呼んだ殿様は、木々の中に粗末な小屋を建て、庵よりそこに居る事が多いらしい。
甲賀忍びの草太にも疲れが見えた。
獣道は決して険しい訳ではない。
だが、どうにも脚にくる。
意図的に厳しい道を作った意地の悪さを感じる。
「よう!来たかい。
流石は佐助おすすめの忍びだなあ。」
疲れ切った草太が少し開けた場所にある小屋に辿り着いた時、呑気な声が出迎えた。
「あんたが、真田の殿様かい。」
草太はそれが気に食わない。
不遜な態度で引かぬ気合いを見せたつもりだ。
「いいねぇ!秋月家、妖術を使う甲賀忍びの一派。
なぁ、どうだい?御家再興する気はあるかい?」
草太は息が詰まる気がした。
御家再興、、それは父や母、じっちゃんやばっちゃんが常々口にする悲願だ。
それは簡単な事ではないが、いつからか草太の悲願ともなっていた。
それをこの気の抜けた侍崩れは容易く言う。
「ある!が、舐めているのかい、殿様。」
「そうか!なら仕事を頼まれてくれ。
関東に徳川が江戸という都を作っている。
それを邪魔し、壊してくれ。」
真田と呼ばれた男は嬉しそうに言った。
それがまた草太の癇に障ったが、ドチャリという音に気が削がれた。
気付くと目の前に布袋がある。
「そこには金が入っている。
暮らしのたし、仕事の支度に使え。」
その声は草太のすぐ後ろからしている。
気付かなかった。
草太の額を冷や汗が通る。
これが猿飛佐助か、、、
「秋月草太よぉ、肝が太いのは結構だが、身の丈には
合ってねぇなぁ。」
佐助の抜身の刃の様な冷たい声が、草太の首筋に当たる。こんな近くに、、、
「この金は、、何処から、、?」
流石に草太も襟を正す。
「あぁ?知ってどうするよ?」
「いいよ、いいよ、佐助。
そう若い奴を虐めてやるな。
その金はなぁ、大阪の城からだ。」
「な、、大阪?
それじゃあ、この仕事は!?」
佐助の声が耳元で響く。
「賢くなれよ、秋月草太。
ウチの殿様は、機会をくれてるんだ。
分かるよなぁ。」
「なら、、秋月家再興は、、」
「もう夢物語じゃねぇかもなあ。」
ならば、ならば!
乗らぬ手は無い!
草太の顔に血が巡った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何年か前に侍崩れとその娘を拾った。
秋月家再興には力が武がいる。
忍びは俊敏だが侍には勝てない。
技の特性が違うのだ。
忍びの刀では太刀打ち出来ない。
御家再興を望む草太には侍の剣術さえも欲しかった。
組み打ちの技が欲しかった。
だから雨風を凌ぐ住まいと食を与えた。
そして学んできた。
無駄では無い。
無駄では無かった!
その娘も今では忍びの端くれだ。
俺の持つ全てが、この日を呼んでいたのだ!
草太はそう思った。
そんな虫のいい話があるのか?
ちらりとは思ったが、それさえも踏み台にしてやれば良いのだ。
秋月草太は一族の思いを背負っている。
それは閉塞感を生み、井の中の蛙を生み出していた。
その傲慢さはしくじる事を思い浮かばせはしなかった。
つづく