天空凧揚げ合戦 8
夜風が頬に心地良かった。
雪は腰に括られた縄をもう一度確かめていた。
この縄の先には大きな凧が繋がっている。
話はこうだ。
雪は全力疾走をして、この凧を揚げる。
この林道を見ているであろう天狗は、挑発に乗り雪を追ってくるだろう。
そこを林道の出口の木に登っている伊賀忍びが、網を張り捉えようと言うのだ。
雪は呆気にとられた。
そんな馬鹿馬鹿しい事に、あの残忍な天狗が引っ掛かるのか?と。
だが、どうやら天狗は人間を見下しているらしい。
前回傷を負わさせた事もあり、もう油断はしない。
だからこそ人間の愚かな策を茶番と笑い、その自尊心を満たす為にも、敢えて乗ってくるだろう。
しかも女が一人でやっているのだ。
舐めてかかるに違いない。
天狗とは、そんな傲慢な余裕と茶目っ気のある物の怪であるらしい。
雪はギュっと目を閉じた。
そして昨夜の光景を瞼の裏に映してみた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨夜、雪はうどん屋台に行った。
美代に会う為である。
勇也は笑うが、美代にとっては天狗退治は笑えないに違いないと思った。
だから明日の決行の前に、どうしても一声詫びたいと願ったのだが、、、
「いやあー!オラも頭と行くでぇ!」
何やら屋台は大騒ぎであった。
「だからよお、留!河童の時とは違うんだぜ!!」
「天狗は俺たちを殺しに来るってんだろ、頭?」
「そうだぜ!」
勇也とその元につく人足たちの声だ。
「頭わよぉ、隠れてたから知らねぇんだあ。」
「河童が歩いて来た時やぁー、そりゃあ怖かっただな
やぁー。」
「んだんだ、死ぬなあーって思ったでぇ。」
「あっ、いや、そっか。」
「頭は見事、河童の皿を割ったんだあ。苛めてやりな
さんなよぉ。」
鉄斎の茶々にどっと笑いが起こった。
雪には分からなかった。
何で皆んな笑えるんだ!?
「に、してもよぉ、お前ら。」
「頭に何かあったら、まずお美代ちゃんが泣き喚
く。」
「そしたら宥めんのが大変だでぇよ。」
「で、俺らは違う組を探して働く。」
「だども頭の組が楽しすぎて、他所はつまらねえ。」
「だから働き口を無くして、飯も食えねえ!」
「酒も飲めねえ!」
「女も抱けねえ!」
また皆が、どっと笑う。
「そんなつまらねえーのは嫌だあ!」
「だから頭には無事に帰ってもらわねばなんねえ。」
勇也は顔を真っ赤にして震えていた。
感極まってるんだろう。
その横の鉄斎はニヤニヤとしていた。
「全くよぉ、欲深ぇ連中だぜぇ。よし!なら全員、手
を貸して貰おうじゃねぇかい!」
「へーーーい!」
雪には分からなかった。
何なんだ?この連中は!?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あら、お雪さん。いらっしゃい。」
そんな雪を美代が見付けた。
「五月蝿くてごめんなさい。」
美代は一生懸命に笑った。
「あのお美代ちゃん、、あたしのせいで、ごめん。」
雪はその顔を見て一気に言った。
「ん?、、んー、、勇也だから。」
「えっ?」
「勇也だから、そうしちゃうのよね。勇也の纏めてる
人足さんたちも、皆んな勇也に似ちゃう。
勇也がこういう人だから。
一緒に働いたりご飯食べた人を大事にするから。
人の痛みを他人事に思わないから。
あたしもね、そんな勇也だから一緒に居るんだ。」
美代は笑った。
あーこんな考えもあるのか。
寒い国は人の心も凍てつかせるのかもしれない。
自分たちの口に入る物が少なければ少ないほど、作れる作物が限られる程、奪われまいと考える。
必然、雪の村は人が少ない上に疎遠だった。
どこかすれ違う村人に向ける目に疑念があった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雪はカッ!と目を見開いた。
「走るぞ!」
声に出してみた。
いつまでも寒いままなのも違う。
走れば身体が熱に包まれる。
その熱がきっと教えてくれるはずだ。
この狭く限られた林道の先で。
つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n4795a6e537b0