邂逅罪垢火焔演舞 4

江戸の外れには、かつて旅籠として使っていたであろう建物がある。

旅人が江戸に着き、一息を入れた場所であろう。

徳川家が江戸に入ってからは、この場所はまだうちすてられていた。

今の江戸に来る者は食い扶持を求めている。
仕事を捜し、住処もその職に付いてくる事を狙う。
遊びや楽しみの為に江戸見物とはいかない。

大名は江戸城周りに泊まるべき場所が用意される。
後回しにされるのは至極当然なのだろう。

澪が目を覚ましたのはそんな旅籠の、妙に綺麗な部屋だった。

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「良源先生。」

目を覚ましたのを見て、宗矩は声を上げる。
皆川良源は澪の手を取り、その脈をみる。

「ふむ。落ち着いた様だ。」

ぼんやりと開けた視界に、先程見た侍と見知らぬ男を認めた。そして、それから身体を起こす。

「捕まった、、って事かい?

 あたしをどうする気、、何なんだい、あんたら?」

澪は落ち着いた口調に、それでも鋭さを含めていた。

「大した女だ。」

宗矩が呟く。

「何が、、だい?」

「いや、済まぬ。

 其方、自分が捉えられたと言うた。
 その上で、それだけ落ち着いておる。

 一部の隙も見逃さぬつもりであろう。
 何も諦めておらぬ。
 そして切り抜けるつもりだ。」

良源もそれに頷いた。

「確かに、大したもんだぁ。

 これは生きるつもりの目だ。」

澪はまだ自由に動けないのだろう。
口元だけを歪めて笑ってみせた。

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「拙者は柳生宗矩。
 無闇に売られる女を、、救っておるつもりだが、、 
 力及ばずではあろうな。」

宗矩は改めて名乗り、自重気味に濁した。

「女を、、助ける、、だって?」

「この江戸には力仕事の人足が多い。
 男が集まれば女は商売になる。

 疲れ知らずの人足なら、尚更に。」

「そ、、うかい、、
 なら、女を拐かし金にする下衆もいるか。」

ぼんやりとしていた澪の目が不意に見開かれた。

「下衆か、、男なんぞは皆下衆なのだろうな。
 拙者の事も、そんな輩だと思ったのだろう?」

「女を食い物にする下衆は生きても仕方ない。

 あんたの事は、、ただ、あたしを殺しに来たと思っ
 ただけさ。」

「何故か。」

「分からない。
 分からないが、、匂いかね。」

「匂いか。
 其方は剣術を修めたのか?」

澪は曖昧に頭を振る。

「分からない。」

「分からぬか。
 だがあの身のこなし、素人では無い。」

「あたしは、、うっ、、頭がぁ、痛い、、」

良源が手を添え、また布団に横にならせた。

「旦那、聞いた話と今の様子。
 どうやらこの人は思い出せないらしい。」

「何と。」

「余程、激しく頭を打ったか、、酷いものを見たか。
 そういう時、覚えてたものを失くす事がある。」

「そんな事が!?

 其方、何か覚えている事は無いか?」

澪は天井を見つめている。
自分の頭の中を攫っているのだろう。

「あたしは、、松方澪。」

「他には?生まれは何処か?」

澪の目がまた痛みに歪められる。

「分からない、、何も。」

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その夜は、澪をそのまま休ませる事にした。
宗矩と良源も今宵は別室にて泊まる事とした。 

「先生、時が経てば思い出すのだろうか。」

「どうだろう。何とも言えないトコなんだがね。」

「そうか。」

「それにしても旦那。
 珍しいですなぁ。女に入れ込むなんて。」

宗矩はしばし黙ってから口を開く。

「あの女の剣。
 死んだ剣を生き返らせた。

 我が流派に似て非なる剣だった。
 が、あれも活人であるのかもしれぬ。」

「旦那も知らない剣術ですか。
 あの女、、何者ですかね。」

「ボロだが、身にした着物も悪くはない。
 袴も争いの中で脱げ落ちたのだろう。」

澪の居た周りで、同じくボロボロの袴を手下が見付けていた。

「だが、大刀が無かった。
 振るっていたのが脇差しであれば、当然二本差して
 いたのだろう。」

「何処ぞの藩の女剣客、、といったトコですかね。」

「松方と名乗った。調べてはみる。」

その夜は、そうやって更けていった。


つづく 



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