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【階段とクワガタ】

夏の木の下で少年たちが集まる。ある日、彼らは驚くべき発見をする。一体、何を見つけたのだろうか。

小学生の頃、僕は兄達とよく遊んでいた。木を登ったり、野を駆け巡ったり、虫取りなどもした。近所の少年たちと集まってはいたずらばかりしていた。人数は5人ばかりでまた何かやらかしたんじゃないか、と大人たちはよく噂していた。低学年だった僕は、兄達のうしろに付いて行っては、一緒に遊んでもらっていた。実際は仲間に入れてもらっていただけで、即戦力ではない。一人だけ低学年の僕の面倒を兄達はよくみてくれていたと思う。
僕達がいつも集まる場所は近所にある7段しかない階段だ。山を削りとって、次々と建てられた古びた平屋の住宅地の一角に階段はあった。階段の横には壁がある。壁の上には緑豊かな林が広がり、鬱蒼と木々が立ち並んでいた。僕達はいつもその7段しかない階段に集まるのが習慣となっていた。なぜなら、階段の横にある壁が遊び場となっているからだ。壁を登ったり、サッカーボールを蹴ったり、一人でキャッチボールもできた。そう、階段にいけば、誰かしら少年たちがいるのである。
〈子供たちの遊び方は凄い。感性の塊なのだ〉
子供の潜在能力が引き出される瞬間を何度も目撃した。

夏休みのある日の事である。
夏の太陽が照りつける中、僕達は階段に腰を下ろし汗を拭いながらいつものように作戦会議をしていた。何をして遊ぼうかを議題にした緊急ミーティングである。そしていつものように壁でボールを蹴ることになった。すると、壁の下になにやら虫がいるのを発見した。黒くて少し光っていて平べったい甲虫だ。クワガタムシである。恐らく、壁の上の木から落ちて来たのだろう。そのクワガタに集まってはみんなで観察していた。キラキラした目でクワガタを見つめる少年たち、死んでいることに気づき悲しそうな表情を浮かべる少年たち、

「埋めてあげよう」
と誰かがいった。

[優しい少年たちである]

みんなでお墓を作る事になった。埋められそうな場所を探すと、古びた平屋が目に入った。さすがに人の家には勝手に入れない。ましてや庭にお墓なんか絶対に作れない。
次に、少年たちは壁を見上げた。

(この上の林しかない)
兄が言った。

「壁の上にしよう」
満場一致でお墓の場所は決まった。
その壁の高さは約3メートルほどあり、小学生が簡単に登れる高さではない。しかし、次々と兄達は登っていく。僕も必死になってうしろを付いていく。なかなか登れない。登れない僕を兄達は助けてくれた。木の棒を使ったり、ツルでロープを作ったり、最後は手を差し伸べた兄に引っ張られてようやく登ることができた。
みんなが集まったところで、次の仕事にとりかかる。
みんなでお墓を作る場所を探し始めた。
不意に誰かが言った。

「そういえばあいつクワガタ好きだよな」
あいつというのは近所に住む昆虫が大好きな少年、今治優隙(コンチ ユウスキ)のことである。冬でも腰に虫かごを下げているような大の虫好きだ。

「コンチ来たら、クワガタでドッキリしようぜ」

[ちょっと、意味がわからない]

「コンチ来たら、この木にクワガタくっつけてさ」

[どうやってくっつけるのだ]

「まるで生きてるようにさ」

[それのなにが面白いのか]
ただ、コンチは壁を登る事ができない。登ったところを見たことがないのだ。そう、コンチは運動が苦手な運動音痴でもあるのだ。
みんなは墓探しをやめて、壁の上にある木にクワガタをくっつけてはそそくさと壁の下でボールを蹴り始めた。こういう時の団結力はワールドクラスだ。

「でも、コンチ来るかな?」
と誰かが言った。
すると、背後から

「おーい、みんな遊ぼうよ!」
絶妙なタイミングである。

(やはり、もっているヤツは違う)

みんなはコンチとボールを蹴り始めた。すると誰かが壁の上の木を指差して

「あっ、あれ、なんだろう?」
もう一人も

「あれは、絶対、ク、クワガタだよ」

[ヘタクソか]

みんなニヤニヤしながら、顔を見合わせコンチの方に目をやった。
コンチがいない。

「あれ、コンチは?」

壁の上である。
コンチはあっという間に壁を登ったのである。
約3メートルもある壁を。

[僕の記憶だと2歩だった]
それをみた少年たちは驚いて

「スゲぇー!」
と言った。

[逆ドッキリである]

クワガタをみたコンチも

「スゲぇー!」
と言った。

[まだ、生きているとおもっている]

そこにいる全員が同時に

「スゲぇー!」
と言ったのである。
コンチのアクロバティックな動きと壁登りの成功した達成感で少年たちは感動し、拍手をした瞬間、
コンチが

「これ死んでんじゃねーか!」
とクワガタを壁の上から下に叩きつけた。

「ビタコン!」

木々がざわめき、クワガタの叩きつけられる音が響き渡った。
少年たちの拍手は止まり、あたりは静けさに包まれた。
結局、クワガタは最初に発見された場所に戻ったのである。そのあと、コンチ ユウスキと一緒にお墓を作りクワガタを埋め、葉っぱを添えた。そして、少年たちは何事もなかったように壁を降りて、階段を通って家に帰ったのである。

〈子供たちの遊び方は凄い。感性の塊なのだ〉

少年たちの無邪気ないたずらは、遠い日の夏の思い出として、今も心に残っています。




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