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【実話】5階ゆきのエレベーター

※実際に働いている場所なので
 若干のフェイクをいれることをご了承
 ください。

私は5階建ての商業施設で働いています。

今から数年前のこと、立ち退き要請が出た関係でもともとの場所から現在のビルに引っ越したばかりの私達は、
その日も、お客様をいれずに社員総出で売場の整頓や片付けを行っていました。

古い建物を借りているのであちらこちら
リノベーションしているのですが
どうしてもエレベーターの内装は
後回しになってしまっていました。

お客様も使われるのでさすがに
よろしくないだろうということで
上司からの指示があり
私は、汚れたマットを新しいものに交換することになりました。

汚れたマットを外して新しいマットを
エレベーター内に運び込みます。

それでただ敷いて終わり…
というわけではありません。

行き先ボタンがあるエレベーターの中は
完全な四角形ではなく、
角に妙な出っぱりがあって、マットを切ったり組み合わせて敷かないと、綺麗に敷けないのです。

加えて、ビルは5階建てですから、エレベーターを止めるわけにもいかず、箱は動いて揺れるし、人が乗り降りするなかでの作業は余計に時間がかかりました。


いちいち手を止めるのは面倒でしたが、
エレベーターの閉鎖されたかごの中は孤独ですから、乗り降りする社員との会話は癒しでした。

たまにオフィスから聞こえる電話の音や
話し声、ビルの各階に連絡する全体放送で
『○○さん、3階に来てください。』などと聞こえるのが、不思議と一人作業の支えになりました。


時計を忘れたので正確ではないと思いますが
3時間ぐらい経ったかと思います。

人の乗り降りがやみ、1階で止まったまま動かなくなったエレベーター。
話し声も電話の音も、聞こえなくなってきました。


窓がないかごの中では時間の感覚が分かりません。
それに、閉じられた空間は圧迫感を感じ苦しくなってきます。

たまらなくなって、ドアを開いてオフィスを確認すると、外から差し込んでいた自然光が消え、空は暗くなっており、社員達は帰り支度を始めています。


閉業時間が迫ってきたことを悟った私は、
敷き終わったマットの上に散乱したゴミをまとめ、隙間がないよう仕上げに取りかかることにしました。


その時でした。


ガウンッ
ゴウン…ゴウン…ゴウン…




エレベーターが音を立てて動き始めました。


もちろん私は行き先ボタンを押していません。誰かが乗ってくるのかなと表示灯を見ると
“5F”とオレンジ色のドットが並んでいました。


(ああ、5階か…あれ?)

ゆっくりと上昇していくエレベーターの中で
私はある違和感を感じました。


(今日、誰か5階に上がっていったっけ?)



最上階の5階は、倉庫とほぼ変わらず、
滅多に利用しません。

また、防犯カメラがないスペースもあるので
5階に行く時は必ず全体放送で全員に知らせるようにと決まりがありました。
いくら密閉されたかごの中でも放送は聞こえるのですが、そんなものは、聞こえませんでした。


エレベーターは、
2階、3階、と上がっていきます。


そして、5階にたどり着き
開かれたドア。



その先は、真っ暗闇の中、
ダンボールがうずたかく積み上げられた
景色がどこまでも広がっており
人の姿など、どこにもありませんでした。


私は、誰が乗り込まないまま、ドアが閉まったのを確認すると、1階をすぐに押しました。


今、たった今私は、
何かと乗っているのでは。
そう考えるだけで心臓が早鐘を打ちます。

途中で降りて階段から行くか考えましたが、
足がすくんで立てませんでした。


エレベーターが1階につき、
ドアが開いて明るいオフィスが見えてやっと私は息ができました。

(なんだったんだろう。
 とにかくゴミをまとめて外に出よう。)


先程よりも早くマットの切れ端をかき集めていると…


ガウンッ
ゴウン…ゴウン…ゴウン…



エレベーターがまた、動き始めました。


表示灯にはまた、“5F”と表示されています。

私の目は5に釘付けになって、
情けない話、動けなくなりました。

2階…3階…そうして、
5階にたどり着き、ドアが開きます。


そこには、やはり、
誰の姿なんてない真っ暗な空間が広がっている
だけでした。



「エレベーターが勝手に5階にいく
 設定なんてないよ。
 不具合?呼んだ人が待てなくて
 階段から降りたんじゃないかな。」

職場の先輩に不具合という体で相談しましたが、とくに取り合われることはありませんでした。

ですから、その後に言おうと思っていた
2回も上がったということは
ぐっと唾と共に飲み込みました。



現在も施設は営業しており
エレベーターは何事もなく動いています。


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