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【実話】マネキンの夢

私の部屋には着付けの練習のために
頂いたマネキンが1つあります。


着付け用のマネキン


着付け師の資格を取るまでは
こまめに使っていたのですが
ここ最近全く使うことなく
部屋の隅でそのままになっていました。


することといえば、
首に溜まる埃をさらっと
はたきで落とすぐらい。


すっかり置物と化したマネキンで
特に気にせず過ごしていました。


ある日、私はどこからか視線を感じ、
気になって見るとそこにはマネキンがありました。

ずっとそこにいるのでわざわざ
そんな気にしなくてもいいのですが…


その日はどうもマネキンが気になってしまって
じっと眺めていました。


そういえば全然練習してないな。
たまには何か着せてあげないとな。

そんなことを考えつつも、
仕事で疲れているからと、ベッドに潜りました。



気がつくと私は、バブル期に建てられたような
古臭い展望台の中にいました。


そこはやけに広く、奥行きがあり
中央にある展示室をとり囲むように回廊が
めぐらされています。


回廊はとても横幅が広く、軽自動車が2台並べるほどの幅がありました。
床全面には、途切れることなく
ワインレッドのベロアの絨毯が敷かれ
ふかふかとした踏み心地です。


展示室の反対側は展望台の肝である
大きな窓が一面にはめ殺しにされていて、
そこからは日光を反射してキラキラと光る
海が見えました。


普段はオーシャンビューを楽しむために
機能しているであろう展望台のようですが
この日はどうやら催しものを開催しているようでした。


展示室の中や回廊の真ん中には
台の上に丁寧に並べられた
いくつものマネキンが
派手な衣装を身にまとっています。


私以外の観光客が十数人いて
ワイワイと盛り上がっていました。

しかし、声がどこか遠く、はっきりと聞こえず
顔もぼやけていたので
そこで私はようやく
これは夢だと気が付きました。


いわゆる明晰夢というものでしょうか。

夢だと自覚してから私は
自分の体を自由に動かすことが出来ました。

頭、手足のないマネキンがずらっと並ぶ
様子はゾッとしましたが
夢だとわかると怖くもありません。

昔行った三重県の旅館みたいだな

そんな呑気なことを考えながら
展示物を楽しむことにしました。


マネキンの隣にはめくりのような
ネームプレートが立ててあり、
それぞれマネキンの名前を書いてあるようでした。


廊下にあるマネキンをさらっとみて
ガラス張りの展示コーナーに飾られた
マネキンを見ていました。


それぞれ貴重なものらしく
廊下にあるものよりは豪華な衣装を
着ているマネキンが6帖ほどの広さの部屋に一体ずつ飾られています。


きっとこの中にあるものの方が高価なんだろうな
と眺めていると私の背後から
ガタッガタッ
と2回大きな音がしました。


夢の記録1


振り向くとそこには
列から外れ台から下りた一体の
マネキンがありました。


それはどれよりも背の低い
子供のマネキンでした。

白いシャツにジャケット、
そしてショートパンツ。

胸元にはくどいラメが輝く
黄色に赤のドット柄の不格好に大きな
蝶ネクタイをつけていました。

そのマネキンの横にあるネームプレートには
かっこ“調教師”と書いてあります。

きっとサーカスの団員のような格好を
させているのでしょう。
夢にありがちな、センスのない名前と格好です。


マネキンが勝手に動くのも
夢の中では有り得ることだろうと
特に気にせずにいました。


すると、私のそばにいた家族づれが
あれ、落ちちゃったのかなと声をかけ
マネキンを台に戻しました。


家族づれが立ち去り姿が見えなくなると
私の目の前で“調教師”はぶるっと震え
体を左右に2回ねじり
ガタッガタッと音を立てて台から降りました。


私はそれを見て
ああ、この子はきっと動きたいんだなと思い
思わずその子を抱え、
一緒に散策をすることにしたのです。

大胆なことをしたのは
どうせ夢だからという安心感があったからでした。


夢日記2


普通でしたら子供の大きさとはいえ
一体のマネキンをかかえていると
腕が辛くなるところですが
夢ですので重さも何も感じません。


私はその子を抱きながら回廊を歩きました。


見て、𓏸𓏸だって。
面白いね。


𓏸𓏸だって。
すごいね。


そんな風に声をかけながら。


そして、一通りマネキンを見終わり
私は窓に近寄って
キラキラと輝く海を見つめました。


海だって。すごいね。


そう声をかけた瞬間でした。


「うわあ、すごい。」


耳に入ったのは
歓喜に震える未成熟な少年の儚い声。

私の腕の中にある
硬いプラスチック製のマネキンの体が
ぐにゃりと肉感と重みのあるものに変わり
なかったはずの柔らかな腕が私の首に
ぎゅっと巻きついていく。

それは温かく明らかに血が通っているそれそのもので…。

すりりと私の頬に触れる
柔らかな感触に目を見開いて見ると
そこにはなかったはずの少年の頭が。

おかっぱ頭の彼は
きらきらと潤む黒目がちな目でこちらに
微笑み


「人間は2歩以上も歩けるんだねぇ。」
と言ったのです。



夢日記3


ここで目が覚めました。


夢の中は全てがおぼろげでした。

大人数で話す家族づれの声も
廊下に敷かれた絨毯を踏む感覚も
目に映る景色も
全て全てパステル画のようにぼんやりしていて
実際の出来事ではないと分かるものでした。


それなのに、
少年の声と体の重さ
肌のやわらかさは全てはっきりとした
感覚で感じられました。


起きて真っ先に見たのは
あの着付け人形。


夢に出た少年と
関係があるかは分かりませんけれども
定期的に着物を着せるようになりまして…

それから妙な視線を感じたり
マネキンの夢を見ることはなくなりました。





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