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草木雑踏捕物帖

 煌びやかな午後ののんびりした陽光も、かくも休日出勤のタクシーの中となっては台無しである。俺は手元のシートベルトをいじりながらため息をついた。隣にいるのは同僚の柴田。ここから遥か北へサケのように遡上し福井県まで行けばそこには甕割り柴田が豪名を轟かせていると言うがこちらはバイト中に食器一つも割らぬ保身型もやし柴田である。ついでに腹も割らないので何を考えているか見当もつかない。

 我らがN市公園整備課がいつものように職場の桃源郷でなくなったのは昨日の課長のメールのせいである。どうやら団地の外れにあるF公園に爆破予告が届いたらしい 。正確には自然保護を謳ったN市の団体から、デモ会場であったF公園を明後日に爆破すると市長にメールが届いた。どうしてそんな意味不明に苛烈な展開を見せたのか知る由もないが、知らないからと言って断れる任務でもないらしい。ブラックボックスな仕事柄上警察にはなるべくお世話になりたくないので先に下調べだけでも…だそうだ。「おい、何をやっているんだ柴田。」「カメラのチェックですよ。僕立て看板撮るのが趣味なんです。」変な趣味はやめろ、と言うと「今日は撮るために来たようなもんですよ。終わったら帰ります。」と言われた。
 
 タクシーを出ると出会い頭、晩秋のなんとも言えず物寂しい風に吹きつけられた。隣の柴田を見ると草食動物を狩るような目で公園を見渡している。ほとんど人気がなくただ広いだけで、俺は早くも爆弾なんか存在しないと結論づけた。公園整備課という耳馴染みのない名前は元々N市の少子化に対する子育て政策の一環として御名を賜ったものだが、こうも月の裏側みたいな公園に派遣されるようになるとは世も末である。柴田の見た目から想像できない腕力に引っ張られ、俺は散在的に置かれているデモの看板を巡ってパレードすることとなった。〇〇干潟の緑地化反対!とか色々なことが物々しい字体で書かれている。やがて殊更に目立つひとつのボードが木に立てかけてあるのを見つけた。座り込み開始から98日目と書いてある。文字盤を動かして日にちを変える仕組みらしいが、「気持ち悪い数字ですねえ」と言って柴田が文字盤を00日にしてしまったのは流石に瞠目した。やけに重たい感じでカチッと音がしたが、もとより誰もいないようだった。

  数分後、公園にいるのはベンチに座っているアラサーの男性二人だけだった。「さて、帰るか。」「そう、しましょう。」何も収穫はなく、満場一致で腰を浮かそうとした刹那、「おい。」と声が聞こえたのはあまりにも驚いた。高齢の男が正面に立っていた 。「お前ら、市の人じゃろ。」「はあ。」「公務員が市の施設に来て仕事せんでどうする。草取りぐらいやらんのか。」

  かくして、地方公務員の二人は公園一帯の草むしりをする事となった。「なんだか、」背丈の半分くらいの雑草に埋もれながら柴田がおもむろに話し始めた。「こうやって無心に草をむしっていると子供の頃が思い起こされますねえ。」「急に何言い出すのかと思ったら」「きっと大人になるという事は無意味の味を感じなくなることなのでしょう。」「うるせえこんな手動草刈機に成り果ててたまるか。」「愚痴を言いながら手を動かす辺り大人ですねえ。」そうして間もなく草の山がいくつも積み上がりゴーギャンの晩年期の絵画みたいな風景が繰り広げられていると、突然携帯に着信があった。

  団体が何故か突然爆破の期日を今日に早めたため、警察が出動して近辺が騒ぎになっているとのことだった。すでに近隣住民の避難が始まっており、二人も至急公園を出るように、という事だ。おい冗談じゃ無い、と見渡すと日も暮れかけておりいつの間にかさっきの男もいない。「爆弾なんかありましたか!?」と柴田が尋ねる。まずなんで向こうが急遽予定を変更したのか、そこから考えるべきかもしれない。あ!と閃いてさっきの文字盤のボードの所に駆けつける。2日後は100日目である。板を倒すと、裏から物騒な鉄の塊が出てきて「おい柴田!!お前が余計な事したばかりに」「一の位のゼロがスイッチになってたなんて知りませんでしたよお」「えっと何色の線を切ればいいんだ?!」「知りません早く逃げよう」途端に現実味を帯びてきた命の危機のためとにかく全速力で走り出した。表側は何故か工事用テープが張ってあったので裏から回り込む。「うわっ。」足に違和感を感じるとともに前を走る柴田が「そこ細い糸張ってあるんで気をつけて下さい」と言うが否や木の上から得体の知れない段ボール箱が全速力で落ちてきた。猪の罠そのものである。今度は柴田が「ひゃあ」と叫びながらブランコから放り出された土嚢から逃げている。まだうまく事態が呑み込めていないが、どうやら狙われているらしい。となるとさっきの草刈りも時間稼ぎだったのか。確かに不届き者たちの予定を狂わせに狂わせた自分たちはいい迷惑客である。しかしこんな漫画みたいな方法で無人のゲージにしがない男性二人を放りこんで弄ばなくてもいいのでは無いか。またどちらかが糸を踏んだのか、飛んでくるベンチの廃材をかわしながら身をかがめて出口付近にたどり着くと、声も出なかった。入口とその周辺は、しっかり工事用フェンスで閉ざされていた。完全に袋小路である。公園の柵なら乗り越えられようものを、こちらは手をかける隙もない。「ヤバいマジで閉じ込める気だ」「助けを呼ぼう」もう辺りは真っ暗で、住民も避難を終えているのか助けを呼べど人気もない。半ばパニックになっていると、突然バリバリと空き缶を潰したような音が響いてフェンスの一角が倒れ出した。そこから覗いた顔は、「あれ、やっぱりいた。」行きに乗ったタクシーの運転手だった。

  後日聞いた話によると、この自然保護団体はかなり荒廃しており、爆破事件はその中の一部の人間が団体の目的に反して暴走した結果らしい。この時の自分たちは運転手いわく「好物を見せられてゲージに齧り付くハムスターそのもの」だったらしい。「課長に馬鹿な二人が心配なのでちょっと見てこいって言われましてね。そしたら案の定ですよ。」その瞬間後ろから物凄い音が鳴り響いて、三人はタクシーの中で顔を見合せた。「あーっ!カメラがまだ公園に!」柴田がほとんど悲鳴に近い声を上げた。「今すぐ戻って下さい」「流石に無理だろ。」「札束で追加料金払いますから。」「そんな汚いもん、いらんわい。」運転手はそこでやっと少し笑った。


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