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【東京】バーテンダー

客は未だ一人もいない様だった。駅から続く細い小さな商店街。深夜に立ち寄れる場所は殆ど無い。眠れない夜の居場所を求めて、道行く人はその店の中を覗いていくのが常だった。この日、男はカウンターの内側で一人煙草を吹かしていた。今日こそドアを開けようか。男はどんな顔をするだろう。傘を差して足早に行く人も店の前ではみな歩を緩めて躊躇った。一瞬の逡巡。高鳴る鼓動。結局、足は止まらない。今日もまた店を通り過ぎてしまった。何人かは後ろ髪を引かれる様に店を振り返ったが、点滅する信号に急かされて道路を渡って行ってしまった。(shelter notebook 付録:習作の記憶より)


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