バトル
このまえサークルの後輩のⅠ君とMちゃんでジョナサンにいった。Ⅰ君に最近彼女ができたこともあり、もっぱら恋バナをした。12月の頭ということもあり、クリスマスの話題になった。Ⅰ君は彼女とどこにいくの?と聞くと、
「それが、25日に父親とステーキバトルすることになっちゃったんですよ」
といわれた。ステーキバトルという未知の文言につまずく。
「なんのバトルなの?」
「どっちが美味しくお肉を焼けるかの勝負です。」
あー、といったん納得するも、納得するポイントが違うと気づく。
「24日は?」
「そっちは彼女がバイトはいるかもしれなくて」
「ステーキバトルは24日にずらせないの?」
「父親、25日有給取ってるんですよ。」
お父さん、めっちゃガチだった。
「……いや、それでも彼女はクリスマス一緒に過ごしたいと思うよ。」
「そうですよね、でもステーキバトルあるんですよね。」
Ⅰ家のステーキバトルに賭ける情熱がすごい。できたばかり、しかも彼女から告白されて一か月悩んだ末に付き合うことにした、という経緯を聞いていたから、彼女(私も知っている後輩)がいたたまれなくなった。彼女と家族をここまで等しく扱う大学四年生の男子を始めて見た。家族思いなところが、Ⅰ君の良さでもある。
彼女のシフトがまだ出ていないことから、とりあえず彼女が空いていれば24日を彼女と過ごす、空いていなかったら25日のステーキバトルを24日にずらせるようお父さんに交渉する、ということに落ち着いた。お父さんは24日も空いている、ということだったので、最初から24日に予定しとけよ、と思ったが、有給を取ってまで息子との時間をつくろうとするⅠ君のお父さんの思いを無視することはできなかった。
話は変わって、「男女の友情は成立するか」「どこからが浮気か」という男女がそろったときにするド定番の話題になった。というのも、私の会社は男性が多いため、友情が成立しないとやっていられない、現に友達として仲良くしたい男性の同期もいるため、たとえ彼氏ができてもその人達と飲みにいけなくなるのは窮屈だ、という話になったからだ。
「それ今まさに直面してる問題で」
とMちゃんが切り出す。なんでも、Mちゃんには私が属していたのとは別のサークルに仲良くしている先輩カップルがおり、もともと三人で食事に行く予定だったが、そのカップルが倦怠期でお互いに距離を置くことになったため、急遽カップルの片割れ(男、以下A)とMちゃんの二人で行くことになりそう、とのことだった。問題は、二人で行く、という点とそれを彼氏に正直にいうべきか、という点だった。MちゃんにはAに対して恋愛感情は持っておらず、むしろお互いの恋人に関する相談ができるいい友人であり、今後も大切にしたい人。Aもおそらく同じ距離感で、今回はAの恋人に関する相談会、ということになりそうなので、きちんとその相談には乗りたい(あとAのおごりでいいものが食べたい)、しかし下手に彼氏に伝えて誤解されることで彼氏ともAとも関係が気まずくなるのは避けたい、とのことだった。
議論の末、Aとは会ってもいいが、そのことを彼氏にはきちんと話したほうが良いだろうとなった。彼氏に誤解を生まない説明の仕方について考えているなか、Ⅰ君がぱっとひらいめいた様子で言った。
「ラップバトルしてくる、っていうのはどうですか?」
意味が分からなかった。この場に一ミリも関連しない単語によって、異次元の答えが生まれている。改めて説明すると、Mちゃんはヒップホップの文化で育っていない。
よくよく聞くと、
まずバトルという体であれば恋愛関係とみなされない
→バトルで一番平和的な方法はなにか
→ラップバトル!
という過程でこの答えにたどり着いたらしい。ちょっと納得してしまった。男女に恋愛が生まれない場としてバトルを選んだ点には感服する。少年漫画が好きなⅠ君ならではの発想だった。問題は、Mちゃんにラップの技能が全くないことだった。
「絶対彼氏に信じてもらえないと思います。」
当然の答えだった。あー、とⅠ君は残念がる。本気でいけると思ったんだ。
「そしたら、彼氏さんとまずラップバトルしてみたら?」
それでもラップバトルで乗り切ろうとしている。
「絶対無理ですって」
「彼氏さん倒せたら、次はAさん倒してくる!って流れになるんじゃない?」
ここまで真剣にラップバトルを使って人間関係の悩みを解決しようとする人を初めてみた。この路線でどうにか突破できないか、と私も考える。
「いや、最終的に彼氏を倒すためにAさんと練習してくる、っていうほうがやりやすくない?」
おー!、なるほど、発想の転換ですね!と後輩二人から賞賛を受ける。ちょっと嬉しい。
ラップバトル案はここでいったん落ち着いた。そういえば、とMちゃんが言った。
「そういえば、ご飯行くのって焼肉なんですよね。いいお肉食べられるの楽しみー。」
その一言で、全員がハッとする。
「……ステーキバトルができる…!」
ひゃあ、と悲鳴に近い声を上げて笑った。笑うってこんなに腹筋使うんだ、と思った。伏線回収ですねー、それって日常で起こるんですねーとみんなで関心した。
この年末、男女の友情を成立させるため、どこかの焼肉店で戦いの火蓋が切られるかもしれない。
Mちゃん曰く、「男女の友情は私なら成立させられますけど彼氏には無理だと思います。自分の理性は信じてますけど、彼氏のは信じてないので。」とのことだった。真理かもしれない。