セーラー服
チャイムが鳴って、みんなが盛大にテスト用紙を開く音がする。
これから、50分間の化学基礎のテストの、テスト監督。
何かのスポーツのように集中して、問題を解き始める生徒たちを、
見つめる。
授業中は、一人一人というよりは、教室全体に向かって話すから、
(もし一人一人を見たりしていたら、言うことが頭から飛んでしまうだろう)こんなに、生徒を見つめる機会ってなかったな……、と思う。
この学校の制服は、男子は黒い学ラン、女子は、ちょっとデザインの古めかしい、伝統のセーラー服。
わたしも昔着ていた、伝統のセーラー服。
寒い日には、こんなふうに座っている前の席の友達のセーラーカラーの中に、後ろから手をつっこんで、指先を温めたりしていたっけ。
などと思っていると、目の前の教室の、男子たちは背景になって意識の外へ……。
女子たちだけになる。
高校2年生の時の、女子クラス……。
今までの人生で、一番楽しかったのはいつ?
と訊かれたら、間違いなく、高校2年生だ。
2年生で、文系と理系に別れて、新クラスになった。
文学部に行くつもりだったにもかかわらず、雪子さんの「雲子はクラスは文系より理系のほうが合うと思う。」という言葉に影響されて、理系クラスを選んだ。1年生の時のお弁当仲間の三人も、みんな理系だったというのも大きいけど……😊。
知らない人に独りで混ざるより、受験に要らなくても「微分積分」や物理を勉強するほうが全然ましだ、と思うような高校生だった。
冷静沈着な理系女子が集まったクラスでの、最初の席替えのくじ引き。
席替えで注目が集まるのは、一番前の真ん中、教卓の前の席だ。
出席番号順に「あ」の人から引いて、わたしの古い名字は「き」。くじを引いてみると、
わあ、ショック…。
いきなりその席を当ててしまった。
先生の目の前が嫌とかではなく、まだよく知らない静かな人たちの中で、一番のハズレくじを引いてしまったショック。一番目立つその席に、クラス全体を背中に座るのが恥ずかしくて、当時のわたしはハズレくじを引いた自分を、自分で笑ってしまうことも出来ず、気持ちが顔に出ないようにじっと我慢した。
くじ引きは引き続き、静かに進んでいった。淡々と進んで、やがて「や」行へ。お弁当仲間の一人の「や」のつく元気な友達がくじを引いた。席の番号の書かれた、折りたたまれた紙を開いた「や」ちゃんが、叫び声のような笑い声を上げた。教卓前の対の席が当たったのだ。
クラスメートたちの机の引きずり音の中、新しい席へ。二人でがっかりして顔を見合わせた。
ところが。
教卓前の席は予想に反して楽しかった。
今、生徒たちがわたしにしてくれるように、ふたりで先生のつまらぬ質問にいちいち親切に答えてあげたり、授業中、明るい彼女の、授業に関係あるような、ないような、あるような、やっぱりないようなトークにつき合って教室を和やかにしたり。担任の化学の先生(34)の世話(配布物を配ってあげたり、教卓の上を整理してあげたり)もしてあげた。
今思えば、わたしたちみたいな生徒が一番前に居てくれて、先生たちとしてはきっとやりやすかったに違いない😊。気づけば頻繁に笑い声が起こって、なかなか和やかなクラスになっていた。
(あの頃は、自分が先生になるなんて、思ってなかったな…。全くなんにも考えてなかったな…。)
生来大人しいわたしだと思うけど、そうしている間に、クラスで自分を出せるようになったんだな。
うん、やっぱりあの頃が一番楽しかったな。
今はカナダに住む「や」ちゃんからは、ときどき、絵はがきが送られてくる。わたしが、小さなパソコンを再び手に入れたことを「や」ちゃんはまだ知らないから。わたしは絵はがきのほうが、うれしい。
テストは続いている。
今、教卓の前に座っているのは、やっぱり女子二人。向かって左は、元気な女子。向かって右は、ちょっと人見知り風の女子。左の女子は、わたしのいろんな疑問に、いつもてきぱき答えてくれる。右の女子は、わたしと目が合うと、恥ずかしそうに下を向いてしまう。
そのうち、わたしの存在に慣れるかな?
たまにしか見ないように気をつけよう……
昔の友達のこと、校舎や中庭のこと、放課後のことなど、次々に連想されて、あっという間に50分。
チャイムが鳴ってシャーペンを置かせ、テスト用紙を集めさせ、氏名と枚数を間違いなく確認して、終了。職員室へ戻った。
テスト期間が終わった。
数日後に授業に行くと、席替えがなされていて、今度はその席に男子二人が座っている。
わたしの、新しい観察対象…。
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