のら猫気分
新しいほうの学校でも働くようになって、2ヶ月と少し。
昨日も、2クラスの授業。
今のところまだ、わたしは、
この学校全体のことはよく知らず、
手の届きそうな範囲の現状を
その時その場で感じるだけ。
職員室に机さえないので、
先生たちだって、
もともとわたしを知っている人は知っているが、
わたしを知らない人もたくさんいるはず。
なのにわたしが、
当たり前のような顔をして
職員室の掲示物を眺めていても、
出席簿をチェックしていても、
印刷室で印刷していても、
いろんな鍵の保管庫の中の鍵を物色していても、
廊下で生徒たちや先生たちの流れに逆行して歩いていても、
生徒も先生も、だれもとがめもしないし、
だれも不思議にも思っていないようだし、
だれも大して気にもとめない様子。
むしろ向こうも当たり前のような顔をして、
隣の印刷機で印刷していたりする。
それどころか、
たまには印刷室での、
見ず知らずの先生たちの会話に、
さすがにめったに声は出さないが、
見ず知らずのわたしが、
視線と微笑みだけで答えていたりさえもする。
非常勤講師って、不思議だ。
仲間のようで、仲間じゃない。
仲間じゃないようで、仲間みたい。
これじゃあまるで、軒下猫´ではないか。
当たり前のような顔をして、
わが家に入ってくる軒下猫´。
わが家の廊下をうろつく軒下猫´。
わが家の隅っこの隙間に入り込む軒下猫´。
人の会話の橫で、ごろんと寝転がる軒下猫´。
おー、そっくり……。
そう思うと、ちょっと可笑しくなって、
猫のように足音を立てずに廊下の端っこを歩き、
猫のように開いているドアの隙間から教室に入り、
猫のようにレヴィ=ストロースの構造主義と
アーレントの政治哲学について、
なにか意味の分からないようなことを、
勝手にしゃべって、
靴を履いて、
猫のようにコトンと小さな音を立てて、
学校の建物から脱出した。
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(しっぽのつもり)