新・ワイルド科
職員室から階段を上って、教室棟への三階の渡り廊下の先、左側が新ワイルド科、右側が旧ワイルド科。
渡り廊下の先の廊下を、ばらばらっと人影が走って行くのが見える。誰かが立ち止まって、こちらに向き直って、「こんにちはっ!!」と礼儀正しくご挨拶をしてくれているけど、明るいほうから暗いほうを見ると、いまいちよく見えない。多分、新ワイルド科の野球部員くんかな。
右側の教室の窓から手を出して、旧ワイルド科くんが何か大声で叫んでいる。わー、そこは三階、いくら慣れてても気をつけて!
突き当たりを左に曲がろうとするわたしを、廊下をダッシュしてきた新ワイルド科の3,4人ずつが「こんちわっ!」「ちわ~っ!」と次々かすめていく。お~、ワイルド科の世界。裸足で、水泳バッグを背中に、腕に引っかけて、髪の毛から水を滴らせて。
4時間目の新ワイルド科、うわっ、水泳のあとですか。
みんなに遅れて教室に入ると、それぞれ何か美味しそうなものを食べている。もうチャイムが鳴っているので、教卓のところに立ってみるけど、みんな食べるほうに夢中。わ~、ワイルド科らしい。
「先生、口の中の水分を持って行かれたので、飲んでもいいですか?!」と、もごもごしながら、水筒でお茶を飲むしぐさ。
「どうぞ」
というと、「ヤッタ!」といいながら、みんなが水筒を出している。
😊😊😊……
さて、ちょっとだけ落ち着いて、号令を掛けて、授業を始める。
よし、授業をするぞ、と、黒板にテーマを書いていたら、今度は、
「暑い……」
という溜息のような呟きが聞こえる。
あれ?たしかに。エアコンついているのに。
「水泳のあとなのに、なんか暑いよね?」
「暑いです。これ、シャツ脱いでいいですかっ?」
と、半袖の制服の胸のところを引っ張りながら訊いてくる。
「うん。この時間だけよねぇ?中に着てるんでしょ?」
「着てます!」
「どうぞ、どうぞ。別にいいよ?」
「え、ホントに?よっし、脱ご!ありがとうございまっす!」
と、続いて何人も感謝しながら1枚脱ぎ出す。
こんなこと、去年もあったな。暑がりワイルド科。😊😊😊……
「国際社会と国際法」という、高校生には面白くもなさそうな単元。始めるや否や、最初にわたしが口走ってしまった、
「中学の時習ったと思うけど、国家が成り立つのに必要な3つの要素ってなんでしょう?」
というありきたりな質問に返ってくる、ものすご~く当てずっぽうな、
「立法権!」
わたし:「う~ん、それは三権分立。じゃなくて三要素のほう。」
「大統領!」
わたし:「や、じゃなくて、」
「憲法!」
わたし:「……」
「司法権!」「民主主義!」「軍隊!」「お金!」…………
というゲリラ的な返答で、わたしの声はしばらく通らない。あ~、代々の、ワイルド科あるある……。落ち着かせないといけないところで、質問してしまった自分の愚かさをちょっと反省しながら、飽きるまで待っているしかない。
なんか、去年のワイルド科に似てきたんじゃない?新ワイルド科。
生徒を動物にたとえるのはどうなんだと言われそうけど、1学期、まだ警戒して距離をとっていた野生生物が、2学期に入って、差し出している手の指先に、時々ちょんと手を出して来るようになった、というような感じかな?
などと思いながら、やっと落ち着いてきた教室で、
「国家の三要素・・・領域 国民 主権」
と黒板に書いて、「ほかの2つはいいとして、主権っていうのが案外大事でね、」と、説明を始めたのだった。
新しいほうの学校が体育祭で授業が少なくて、やたらに古いほうの学校に目が行く、今週のわたしだった。